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記録とふり返りは人生というプログラムのデバッグ作業



大橋悦夫「そもそも今の仕事を始めたのはどうしてだっけ?」という疑問にぶつかったとき、この「そもそも」を正確にトレースできれば「あぁ、そうか。なるほど」と納得できます。

納得した上で続けるのかやめるのかの判断が下せるわけです。「そもそも」をトレースするには記憶よりも記録のほうがベターでしょう。

そもそも「そもそも今の仕事を始めたのはどうしてだっけ?」という疑問にぶつかるということは思っていたとおりには進捗できていないということでしょう。

軌道修正のために「そもそも」に立ち返ろうというわけです。

「自画自賛のすすめ」

以下のようなツイートをしたことがあります。



元ネタは『人蕩し術』という本なのですが、同書は「自画自賛」をすすめています。

では、どのようにすれば、この自己重要感を自らの手で充足できるのでしょうか?
はい、ではその結論を言ってしまいましょう。その最高の方法は、
自分の内において、自画自賛を行なうこと」にあるのです。
すなわち、自分を自分でほめ、得意になり、うぬぼれるのであります。

(中略)

「ただし、自分の内においてだけ!」これが最も重要な点です。これは決して、他人の前でやってはいけません。なぜなら、それには最大の危険性が待ち受けているからなのです。つまり、相手の自己重要感を低下させるという危険性が……。


このくだりを読んで、この「自画自賛」とは記録とそのふり返りそのものではないか、と思い至り、先ほどのツイートにつながりました。

人生というプログラムのデバッグ作業

あるいは、こうも言えるかも知れません。

これはプログラミングに通じている人にしか通じないかもしれませんが、記録とふり返りは人生というプログラムのデバッグ作業である、と。

デバッグ(debug)とは、プログラムにひそむバグを取り除く作業のことです。

デバッグ作業の実態は、

  • プログラムをさまざまな条件下で実行し、
  • 想定どおりの結果が得られるかどうかを検証し、
  • 得られなければその原因を探るためにソースコード(プログラム)を読み返し、
  • 誤りを見つけ出してこれを正す。

というものです。

これを人生に置き換えると、

  • さまざまな挑戦に取り組み、
  • 期待通りの結果が得られるかどうかを確かめ、
  • 得られなければその原因を探るために自分の来し方と生き方をふり返り、
  • 違和感や間違いを見つけ出してこれを正す。

ということになります。

「来し方」とはこれまでの過ごし方であり、記録があるならその記録をふり返ることになります。なければ誰かとやり取りしたメッセージや撮った写真やチケットの半券などの痕跡を辿ることになるでしょう。

「生き方」とは多くの場合、「来し方」の延長線上に設定される方向性のようなもので、延長線上にある限りは「来し方」の影響を強く受けます。従って自らの「来し方」を大切にする姿勢は、そのまま「生き方」を大事にすることにつながると考えています。

» 「大切」と「大事」をどう使い分けるかを決めておく


そんなわけで、ときどきものすごく昔の記録(日記)を読み返すようにしています。

今日は、17年前の日記を読み返していました。読み返していると、書かれていないことも自動補完され、当日の記憶が鮮明によみがえります。まるで昨日のことのように。

読み返している現在の自分はその後に何が起こるのかを完全に把握しています。ネタバレを承知で映画を観るようなものです。

結末が分かっていたとしても、しかし、日記を読み返すことには意味があります。

「おいおい、この判断は間違いだぞ」と思わず助け船を出したくなったり(出せませんが)、「なんと、この時点ですでに兆候が現れていたのか!」などと見落としていた伏線に気づかされたり、感情が揺さぶられます。感情を“ほぐす”ことができる、といってもいいでしょう。

また、「どうしてこうなった?」の原因、背景、兆候、ターニングポイントなどを知ることもできるでしょう。

そして何よりも知らぬ間に同じ場所を“ループ”し続けていたり、同じ“エラー”を出し続けていることに気づき、この“ループ”から抜け出すための、あるいはこの“エラー”を抑えるための対策をおのずと講じることになります。

原因は常に自らが記してきた“ソースコード”の中に潜んでいるからです。

参考文献: