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「タスクシュート式」を実践するうえで記録が欠かせない理由



大橋悦夫「タスクシュート式」という方式でタスク管理を実施しています。

この方式は1998年8月からずっと続けているものですが、「タスクシュート式」という命名は佐々木正悟さんによるものです。

「タスクシュート式」とは、TaskChuteに盛り込まれている設計思想に基づいたタスク管理方式のことです。「タスクシュート式」を実践するためには、必ずしもTaskChuteを使う必要はありません。Toodledoでもよいわけです。

TaskChuteを使わなくても「タスクシュート式」を実践することはできますが、最低限度守らなければ「タスクシュート式」にはならないといういくつかの基本原則があります。それは以下の7つの原則です。

  • タスク処理のログをとること
  • タスクに時間の見積もりを設定し、タスクが終わったら何時になるかを先読みしていること
  • タスクを「1日ごと」に処理しきってしまうこと
  • タスクを処理する順番を先に決めること
  • 1日を時間帯ごとに複数のセクションに分けること
  • 「予定」と「タスク」を別のものと認識すること
  • タスクをルーチン的に処理すること

急いで断っておきますが、以上7つの原則を完璧に墨守しなければ「タスクシュート式」と言えないわけではありません。たとえば、すべてのタスクがルーチンで処理できるわけではありません。仕事が回ればいいのです。

ただ、上記の7つの原則を、少なくとも志向する方針でのぞまなければ「タスクシュート式」ではなくなっていくだけのことです。


L+PDCA

タスクシュート式で欠かせないポイントは「ログ」、すなわち記録です。PDCAはプラン(計画)から入りますが、タスクシュート式は記録(ログ)から入るのです。言うなれば、L+PDCAでしょうか。

計画を立てるには、何をどんな順番でやればいいのか、何にどれぐらいの時間がかかるのかといった情報が不可欠です。順番や所要時間にはそれぞれ「正解」があるかもしれませんが、それはあくまでも万人向けの最大公約数的な「正解」であって、必ずしも自分にとってぴったりの答えとは限りません。

自分にとってぴったりの答えが欲しければ、自分の足跡をふり返り、自分にとっての「正解」を見つけるしかありません。そのためには足跡、すなわち記録が必要になるわけです。

僕が記録の有用性に気づいたきっかけは大学時代の1995年11月17日に読んだ長崎快宏(ながさき・よしひろ)さんの『プロがそっと教えるやさしい情報整理の技術』という本です。

まず、家を出発した時刻、空港へ着くまでどんな交通機関を利用して料金はいくらか、温度(超小型温度計を常時携帯)はどのくらいで服装はどうだったか、空港へ着いてから出発までなにをしたか、搭乗前に何回トイレに行ったか、空港は旅客で混んでいたか、通関にどのくらい手間がかかったか、税関職員の態度は良かったか悪かったか、サテライトのラウンジで飲んだコーヒーの味から、航空会社スタッフの応対や手際の優劣、機内の温度具合、シートピッチ(座席の間隔)、乗務員の質のチェック、機内食のスケッチ、音楽サービス(選曲のセンスなど)、飛行時間などなど、いやらしいくらいのメモ魔ぶりである。

なぜ、重箱の隅をつつくような取材癖がついたかというと、記憶や印象というものは、必ずしも事実と一致しない場合が多い(ボクの場合は)。つまり、前に来たときはこんなだったという印象も、実際にそこへ行ってみたらそうじゃなかった、という記憶のギャップがたびたび生じる。

例えば、市バス料金や食事代、あるいはいつも泊まる安宿の宿泊費などはけっこうあいまいに記憶しているんですね、ボクの場合は。結局、以前のメモがあると次に来たとき「こんなに物価があがったんだ」ということが数字できちんと分かるわけです。

蓄積したメモのおかげで、めでたく十数冊のガイドブック執筆と相成ったワケです。(p.126)


記録は手間がかかる

とはいえ、長崎さんのようなメモ魔でない限り、あるいは何らかの強い目的意識を持っていない限り、記録というものは手間のかかる面倒なことです。

「記録は役に立つ」と言われても、それを頭で理解していても、面倒という壁に阻まれるのです。

メモ魔になる必要はありませんが、目的を達成するのに十分な“メモまめ”くらいには到達したいところです。そのためには、以下の4つを自分なりに決めておくことです。

  • 何のために書くか(目的)
  • いつ書くか(タイミング)
  • どこに書くか(媒体)
  • どこまで書くか(基準)

言ってみれば、メモのレシピです。

記録をどのように役立てたいのか、その目的が決まれば、おのずとどこまで書くかの基準も定まり、あとは安定して継続的に書けるように媒体を決めるだけです。

「いつ書くか」は意外と見落とされがちですが、これを決めておかないと適切なタイミングを逸します。

「どこに書くか」とは、どんなツールを使うかということです。手帳なのか電子媒体なのか、とにかく一つに決めておくことが重要です。さもないと記録があちこちに分散して、あとから活用する時に困るからです。

「どこまで書くか」は、どの程度の詳しさで書くかの基準です。制限字数を決めておくことが手っ取り早い方法です。しばらく記録を続けてみて、平均字数をとってみると自分なりにしっくりくる長さになるでしょう。

短いぶんには問題ありませんが、調子の良い日に長々と書きすぎると翌日以降に記録のモチベーションが下がることがあります。これを防ぐうえで制限字数が役に立ちます。

目的はあとからついてくる

「記録をどのように役立てたいのか、その目的が決まれば…」と書きましたが、そもそも記録がどのように役に立つのかがわからなければ、どのように役立てたいのかを考えることができません。

ここから前に進むためには、何も考えずにまず記録をとってみることです。1日でも半日でもいいので、自分の行動をつぶさに記録に残してみること。そうすることで初めて記録の効用の片鱗が見えてきます。何が期待できて、何が期待できないのかが何となく見えてくるはずです。

僕の場合は、記録を通して「毎日いろいろなことをやっているように見えて、実は一日の大半は同じことの繰り返しに過ぎなかった」という発見が得られました。その時は必要だと思ってやっていたことでも、一日単位、一週間単位で俯瞰することで、「ただ何となくやっていただけだった」ということに気づくこともありました。

かけた時間もあわせて記録しておくことにより、その行為にかけるべき時間として適正であったかの検討も行うことができます。「5分だけだから」と思っていても、それが毎日なら一週間で35分、一ヶ月で2時間半、一年でまる一日という時間にふくらみます。

電気代の節約のような、ちまちました話のように見えますが、お金と違って時間には上限があるので、ほんの少しの時間であってもゼロでないものには注意を向けるに値します。

「ほんの5分の無駄」でも、それによって今日の就寝時刻が確実に5分遅くなるからです。起床時刻に比べて就寝時刻はマイルドにしか管理されない傾向があります。でも、十分な睡眠をとった状態で目標とする起床時刻に目覚めたければ、就寝時刻をきちんと守るしかありません。早起きは気合いで実現するものではなく、就寝時刻を守ることで実現するものなのです。

記録を続けることで、「この時間帯にこれをするとめぐりめぐって早起きが難しくなる」という現実が鮮明になります。「まだ外は明るいから少しぐらい大丈夫だろう」という油断の入り込む余地がなくなるのです。

僕にとっては、こうした油断を減らすことができることも記録を続ける効用となっています。



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