「アイデア」についてのノート術の基本/ノート術企画第六回

倉下忠憲
前回は「プロジェクト」と「読書」に関するノートの使い方を紹介しました。今回は「アイデア」についてのノート術です。

知的生産といえば、この「アイデア」こそがもっとも重要視されるものです。発想については、そのスタイルがかなり個人に属するものなので、手法はいくらでも考えられると思います。今回は、基本とも呼べる二つのノート術を紹介します。


「発見の手帳」

おなじみ『知的生産の技術』より。日常的に手帳(小さいノート)を持ち歩いて日々の「発見」を記録していくという使い方です。

まいにちの経験のなかで、なにかの意味で、これはおもしろいとおもった現象を記述するおである。あるいは、自分の着想を記録するのである。

あたまの中に湧き出た「!」を紙に書き残していく、というのがこの「発見の手帳」です。この際、記述の方法はメモ書きではなく、きちんと体裁を整えた文章である事がポイントです。

それも、心おぼえのために、みじかい単語やフレーズをかいておくというのではなく、ちゃんとした文章でかくのである。ある意味では、それはそのままでちいさな論文──ないしは論文の草稿──となりうるような性質のものであった。

著者の梅棹氏はこのような記述のスタイルを「豆論文」と呼んでおられます。この「豆論文」を書くことが、ある種のトレーニングになるわけです。

デッサンを描く際には対象をじっくりと観察する事が必要なように、「豆論文」を書くためには、自分の思考の流れをきっちりと捉える必要があります。

頭の中で漠然と「!」を踊らせているのではなく、それを紙の上に定着化させる。そういう作業はちょっと面倒です。しかし、日常的にそういう作業を行っていれば、もう少し大きなアウトプットをする際の助けになってくれるでしょう。

「メタノート」

以前、『思考を整理する「メタ・ノート」習慣を始めよう!』というエントリーで紹介した方法です。詳しい手法はそちらのエントリーを参照してください。今回はポイントだけもう一度だけ書いておきます。

  • 日々の着想は全てメモや手帳に書き付ける
  • それらを時間を置いて見返す(第一次発酵)
  • 見返してまだ「おもしろい」と思える着想はノートに書き写す(1つの着想に1ページ)
  • ノートに書き写す中で、拡がったアイデアは書き加えていく
  • ざらに時間を置いて、ノートを見返す(第二次発酵)
  • 見返し時にまだ「おもしろい」と思えるものは、さらに別のノートに書き写す(1つの着想に見開き2ページ)

「発見の手帳」と違ってこちらで書き付ける「着想」は簡単なメモ書きでOKです。ただし、こちらは書き出したものを後で選別する作業が必要になります。この場合の「後で」というのが「メタ・ノート」では重要になってきます。

時間というフィルターを通して本当に「おもしろい」と思えるものだけを選り分け、そのアイデアを深めていく、というのがメタ・ノートのポイントです。

着想の生存バイアス

この二つのアイデアに関するノート術はそれぞれ目指す方向性は違うものの、共通点は存在します。それは、

「着想を書き付ける習慣」

です。おそらくノートを使った発想法の基盤はここにあるのでは無いかと思います。

日常的に論理的思考を行っている人は、着想は文章の形で出てくるでしょう。また、デザインを専門的に行っている人ならば「絵」の形で出てくるかもしれません。何をどんな形で残せばよいのかは、その人の「着想」の癖で異なるはずです。

しかしながら、「着想」は書き付けておかないと忘れ去られてしまうという原則だけは共通すると思います。幸運の女神は後ろ髪がないと言いますが、「着想」に関しても同じ事が言えるでしょう。思いついたその場でぱっと捉えておくことです。

よく「本当に重要なことは忘れないからメモしなくても大丈夫」という話を聞きます。あるいはそういう考え方にも一理あるのかもしれません。しかしながら、そこには「生存バイアス」に近いものが潜んでいるのではないかと思います。

確かに本当に重要な事はメモせずに思い出せることがあるかもしれません。しかし、忘れてしまったことは、忘れていること自体認識されないので、「本当に重要な事全てを思い出せているか」は確認しえないわけです。それは私たちの社会であるやり方で成功を収めている人に多大な注目が集まりながらも、それとまったく同じやり方でとことん失敗している人の姿が目に入らないのと同じ事です。

特に自分の「着想」に関しては、失ってしまってから取り戻すのは不可能に近いので「着想を書き付ける習慣」は身につけておいて損はないでしょう。

まとめ

そもそも、日常的に着想を書き付けることはそれほど「コスト」(金銭的・時間的)のかかる行為ではありません。慣れるまでは若干手間ですが、それで回収できる「着想」の数が増えるならば費用対効果はなかなかのものだと思います。

ノート術についてや、メモ取りに効果があるのかについてなど、いろいろ悩んでおられるならば、まず、その「思考」や「着想」を書き留めておく所から始めてみるのがよいと思います。

次回は、「着想」や「アイデア」に関して私が実際に行っているノート術を紹介させていただく予定です。

▼参考文献:

この連載のメインになっている一冊。とりあえず読んで損はないです。


メタ・ノートについてはこの本を。それ以外にも「知的生産」に関するさまざまなアドバイスが詰まってます。


生存バイアスなんかについては、こちらの本を。


▼関連エントリー:

「プロジェクト」・「読書」についてのノート術/ノート術企画第五回 
思考を整理する「メタ・ノート」習慣を始めよう! 

▼今週の一冊:

「前・後・左・右」が無い言語がある、というのは日本人にはにわかに信じがたいですが、実際にそういう言語はあるみたいです。そういう言語では方向を指すときには、日本語で「東・西・南・北」に当たる言葉を使うそうです。感覚的には、「ちょっと椅子の東にある新聞とって」という日常会話が交わされているということなんでしょう。そういうのって単なるカルチャーギャップを越えて、ことばの持つ不思議さを感じさせられます。ちなみに、そういう言葉を使う人は「方向感覚」が抜群なようです。

ことばが思考にどれくらい影響を与えるものなのか。それを言語の違いによって描き出していくというのが本書の試みです。先ほどあげたのとは別の言語の話ですが、数を数えることばが「1」と「2」だけでそれ以上は「多く」というくくりしかない言語もあるようです。ちなみに「1」を表す言葉は「ホイ」で、「2」を表す言葉は「ホイ」らしいです。そういうのってややこしくないかと心配になってしまいます。ちなみにその言語を使う人々は4以上の数をあまり区別せず認識するそうです。私たちは5個と6個を明示的に区別できますが、そういう言語世界に住んでいると5個でも6個でも「同じ」として認識されるようです。

そう考えると、「ことばの使い方」というのもなかなか怖いものです。


▼編集後記:
倉下忠憲
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▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。

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