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知的生産の技術書009『「知」のソフトウェア』


倉下忠憲今回は009を。これまでの本と地続きでありながら、少し毛色の違う一冊です。


ジャーナリズムからの視点

立花隆さんの『「知」のソフトウェア』は、『知的生産の技術』や『知的生活の方法』のように知的生産活動全般の話題を扱っています。副題の「情報のインプット&アウトプット」からもわかるように、新聞や雑誌の情報をどう扱うのか、本をどう読むのか、原稿をどう書いていくのか、といった幅広いトピックが登場します。

ただし、『知的生産の技術』や『知的生活の方法』の著者らが学者だったのに対して、本書の著者がジャーナリストである点に違いがあると言えるでしょう。あるテーマを生涯をかけて追求する、というのではなく、時節と関心に合わせてそのときどきで追求するテーマが変わってくるので、「インプット」のやり方にも必然的に違いが生じます。

これまで紹介してきた本にはなかった「聞き取り取材」(インタビュー)に一つの章があてられているのも、そうした違いを表す特徴だと言えるでしょう。

カード法の否定

もう一点面白いのが、既存の「知的生産の技術」をばっさりと否定しているところです。一応著者も、若いときには梅棹忠夫のカード法や川喜田二郎のKJ法に感化されたことがあったといいながら、こう続けています。

なるほどと思い、そういうことを多少は試してみた。しかし、カード作成などほんの数日もつづかなかった。時間がかかりすぎるので、バカらしくなってすぐにやめてしまったのである。いま思い返しても早くやめてよかったと思う。あんなことをつづけていたら、私がこれまでになしたアウトプットの十分の一もできなかっただろう。

この箇所を読んで、胸のすく思いをする人もいるでしょう。実際にカード法をやってみるとわかりますが、一枚のカードを書くのも結構手間がかかるものなのです。本を読んでやる気を刺激され、実際にカードを買ってやりはじめてみたけれど結局数枚しか書けなかった、という人は少なからずいるはずです(私もそのひとりです)。

別にそれはあなたが劣っているわけではありません。そもそもカード法は手間がかかるものだ、というだけの話なのです。その人のアウトプットのスタイルと合致しなければうまく運用できませんし、運用できる必要すらありません。別のやり方であっても立花氏のようにたくさんのアウトプットを生み出していくことは可能です。

逆に、カード法が完全に否定されるわけでもありません。カード法は確実に効果がある方法です。しかし、その成果が得られるのは、カードを作り始めてからずいぶん経ってのことであり、そのタイムラグが仕事のスタイルによってはまったくかみ合わない、ということがあるだけです。

「知的生産の技術」、特に「自分の知的生産の技術」を考える上では、そうした点も加味しておく必要があります。

アウトラインの否定

もう一つ、本書が「知的生産の技術」として興味深いのは、「アウトライン」を否定していることです。

アウトラインとは、これから書く原稿の「骨子」であり、そのアウトライン上で論点や論理の流れを検討しておくことで、論理だった文章を書く手助けになる、という一つの「知的生産の技術」であります。立花氏は、そのアウトライン(本書ではコンテと表現されている)を役に立たなかったのでまったく作っていないと述べています。

役に立たなかったというのは、コンテがあるのに、どうしてもコンテ通りに筆が進んでいかなかったということである。仕方なく、途中でコンテを書き直してみる。するとまたコンテから脱線して話がすすんでいく。終ってみたら、コンテを書いたり書き直したりしただけ、コンテをはじめから作らなかった場合より余計な労力を費やしただけだったということがわかったのである。それ以来、短いものはもちろん、千枚を超えるような長篇でも、コンテを作ったことはない。

たしかにアウトライン=コンテは、有用は知的生産の技術ではありますが、必ずしもそれを使わなければならない、というわけではありません。なしで書けるなら(なしの方が書きやすいなら)それでも別に構わないのです。

その上で、現代ではその「余計な労力」がデジタルツールによってひどく低減していますので、アウトラインを作りながらもアウトライン通りには書かないという「執筆法」も提案されています(たとえば『アウトライナー実践入門』)。新しいツールが第三の選択肢をもたらしてくれているのです。

▼関連記事:
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少し違った視点から眺めること

上記のように、本書は「知的生産の技術」の系譜にある一冊ですが、しかしそれまでのノウハウとは違った視点で話題が展開されています。おそらくこれまでの本に加えて、本書を読むことで、視野がぐるりと動くような体験が得られるでしょう。

ある分野、ある職業で最適だと言われている方法が、必ずしも他の職業において有用さをキープするわけではない。あるいは、人によって適切なノウハウは変わってくる。そういうことが感じられると思います。

「自分の知的生産の技術」を考えるのは、そうした変転を通過した後になるのでしょう。

知的生産の技術書100選 連載一覧

▼編集後記:
倉下忠憲




ちなみに、立花隆さんが『知的生産の技術』に感化されたように、私も若い頃『「知」のソフトウェア』に強く感化を受け、それ以降「コンテ」を作らない派でやってきました。この原稿もノーコンテで書いております。


▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。メルマガ毎週月曜配信中