今回は049と050を。前々回に引き続いて論文の書き方です。それも対照的な二冊を紹介します。
- 『基礎からわかる 論文の書き方』(2022年)
- 『新版 ぎりぎり合格への論文マニュアル』(2021年)
『基礎からわかる 論文の書き方』
2022年に出版された新書です。新書ですが、かなり分厚いです。450ページを超えています。
そのボリュームを持って、言葉通り「基礎」から論文について説明されている一冊です。どのくらい基礎かと言えば、「論文とは何か」から詳しく検討されているレベルです。以下が目次となります。
はじめに
第1章 論文とは何か
第2章 論文と科学
第3章 主題と対象
第4章 はじめての調べ方
第5章 方法論(調査設計)
第6章 先行研究と学問体系(ディシプリン)
第7章 方法(メソッド)
第8章 研究計画書とプレゼンテーション
第9章 構成と文章
第10章 注記と要約
第11章 校正と仕上げ
おわりに
一般的な論文執筆法の本でも「論文とは何か?」が語られていることはありますが、本書第2章のように「論文と科学」の関係性まで踏み込んだものはほとんどありません。しかし、科学という人類の営為において、論文とはどんな役割と位置付けを理解しておくことは、「なぜ論文を書く必要があるのか」を考える上で非常に重要でしょう。その意味で、一番深く「そもそも論」に踏み込んだノウハウ書と言えます。
また、いかにも堅苦しい印象を覚える本ですが、著者による説明の後に、仮想的な生徒と教員の対話が盛り込まれており、講義を受けているような気分で読み進められるのも本書のポイントでしょう。分厚さに圧倒されそうになりますが、読みはじめてみると案外すいすいと読んでいける一冊です。
また、方法論・学問体系・方法について包括的に述べられているのも、非常に勉強になります。「科学的な考え方」のベースになっているものが何なのかが、本書を通読すれば見えてくるでしょう。その意味で、単に「締め切りが迫っている論文を何とか仕上げるためのノウハウ」以上に役立つ本になっています。
『新版 ぎりぎり合格への論文マニュアル』
うって変わって、こちらはタイトルからわかるように「締め切りが迫っている論文を何とか仕上げるためのノウハウ」が中心的に扱われています。目次は以下。
はじめに
第一章 論文は楽しい
第二章 論文の基礎知識
第三章 論文を書く段取り
第四章 論文を書いている間の作業
第五章 論文の仕上げ
第六章 論文執筆あれこれ
「はじめに」にはこうあります。
世間には、『論文の書き方』と題した本は、数え切れないほどたくさん出版されている。類書が多くあるなかで、この本の狙いは、「よい論文」の書き方を伝授するものではない。落第しない論文、不合格にならない論文を書くにはどうすればよいのか、つまり、論文の最低レベルを伝授しようというものである。
小熊さんが提示する「論文の書き方」がハイレベルであるとするならば、こちらは非常にローレベルを目指しているわけです。「論文の書き方」ひとつとってもこれだけアプローチの違いが生まれるのが興味深いところです。
とは言え、別に本書の内容が劣っているわけでもありませんし、内容が不真面目というわけでもありません。単に目的が違っているだけです。
たしかに、論文の書き方に関する本はたくさん出ている。しかし、自分の指導経験から言うと、アプリケーションソフトのマニュアルのような、いろいろ書いてあるが、読んでも結局分からない本はたくさんあるのに、学生が論文に行き詰まったときに書く元気を与えてくれる本はあまりないようだ。そこで、論文指導しているときに実際に講釈している事柄、書くと差し障りがあって、書かれざるべきことまで含めて、裏技も書くことを思いついたのだ。
本書はまさにそういう本です。「論文というのはこういうものであるべきだ」という理想は目標としては素晴らしいのですが、現実はなかなかそうはいきません。そのときに、「こういうものでもいいんだ」という開き直りや、先達も似たような経験をしてきたのだという共感を得られることは、きっと歩みを再開させる助力になるでしょう。
ですので、個人的には上記二冊を共に目を通すことをお勧めします。たとえ重複する内容が含まれていても、得るものはそれ以上に多いかと思います。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。メルマガ毎週月曜配信中。