今回は038と039を。そこまで古い本ではないですが、それでも「定番」と呼べる一冊です。
- 『数学文章作法 基礎編』(2013年)
- 『数学文章作法 推敲編』(2014年)
『数学文章作法 基礎編』
タイトルに「数学」と入っていますが、数学的なターム(専門用語)を多用をする文章だけが想定されているわけではありません。むしろ、もっと広範囲に使える「文章作法」における基礎が解説されています。
その意味で、本書は『理科系の作文技術』と同じように位置づけられるでしょう。あの本が「理科系」という言葉を取っ払っても成立するように、本書もまた「数学」という言葉を取っ払っても十分に成立します。
唯一、第四章の「数式と命題」が数学っぽい箇所になっていますが、この章であっても普通に(つまり、数学的でない)文章を書く際に参考になる知見が紹介されています。たとえば、「二重否定を避ける」や「同じ概念には同じ用語を使う」などは、誰かに何かを説明する文章を書く上では非常に重要であり、かつ基礎的な考え方です。本書には、全体を通してそうした「基礎的」なノウハウが詰まっています。
逆に言えば、あまりに本書のノウハウは「基礎的」にすぎるように思えるかもしれません。露悪的に言えば「細かく」て「ちっぽけ」に感じられるのです。もっと手軽に、派手な文章を書くためのノウハウを知りたい方にはあまりにまどろっこしい知見でしょう。
しかしながら、わかりやすい文章を書くためには、こうした基礎的な話は決して飛ばすことができません。文章をどう書くのも自由ではありますが、誰かに何かを適切に伝えようと思うならば、そのために文章を整えることが必要となります。それくらい文章で情報を伝えるのは難しいことなのです。
私たちの普段のコミュニケーションは、言葉を使いながらも身振りや手振り、あるいは表情といった言語外の(ノンバーバルな)情報も合わせて使っています。その上で、普段会話をする人は、お互いがどんな考えを持っているのかを(つまり文脈を)だいたい理解しています。つまり、発せられた言葉だけでコミュニケーションが成り立っているわけではないのです。
それに比べると、文章だけで何かを伝達しようという行為は、たいへんな情報不足な状態に陥っています。普段のコミュニケーションの感覚で文章を書いてしまうと、ほとんどうまく伝わらないでしょう。
だからこそ、基礎が重要です。
こうした基礎訓練を飛ばして、コツだけで問題解決できるとは考えない方がよいでしょう。
『数学文章作法 推敲編』
本書は上の本の続編に位置づけられますが、応用編というよりは、「基礎編の続き」という側面が強くあります。テーマはタイトル通り「推敲」であり、自分が書いた文章を「整える」ための知見が解説されています。
もちろん、推敲に関しても──予想されるように──細かい話がたくさん出てきます。しかし、基本的な指針はただ一つです。それは、
「著者の帽子を脱いで、読者の帽子をかぶる」
です。これがアルファでありオメガであると言ってよいでしょう。
文章を書いた著者自身は、書いたのが自分であるがゆえにそこに何が書かれたかを「知って」います。いわば、文脈を共有しているのです。その状態で書かれた文章は、多くの場合「著者はわかるけど、読者はわからない」状態になっています。それを直すために、一度書いた文章を読み返して手を入れていくわけですが、そのときに「著者」の状態であればたいした効果はあがりません。なぜなら「文脈」を共有した状態で読んでいるからです。
これからその文章を読む読者は、そうした文脈を共有していません。その環境に身を置いて読み返してこそ、伝える文章へと整えることが可能です。つまり、著者として読み返すのではなく、読者として読み返すのです。
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とは言えです。
上記の話は理屈としてはもっともかもしれませんが、実践するとなるとそう容易い話ではありません。なんといっても、著者である私と、それを読み直して手入れしようとする私は、同じ人間なのです。「はい、では今自分がもっている文脈を捨ててみますね」と簡単には切り替えられないでしょう。
だからこそ「メタファー」が効きます。言い換えれば、文脈を切り替える自分なりのスイッチを持つのです。「著者の帽子を脱いで、読者の帽子をかぶる」はまさにそうしたメタファーを表しています。
たとえばあなたが会社勤めをしているなら、スーツに着替えると「仕事モード」に切り替わるかもしれません。あるいは、店舗スタッフなら制服に着替えたら「店員モード」になる、といったことも起こるでしょう。案外人間というのは、そうした「装い」によって、モードを「装える」ものなのです。
もちろん文章を推敲するときに、本当に鹿撃ち帽をかぶる必要はありません。モード(気分)を切り替えられれば、なんでもよいのです。たとえば、作業する場所を変えたり(自宅から喫茶店)、文章を写す端末を変えたり(パソコンからタブレット)、文章を読む媒体を変えたり(画面からプリント、エディタからPDF)といった方法がありえます。他にもさまざまな工夫がありえるでしょう。
もちろん、そうした工夫に加えて、本書で紹介されている「文章を直す」ためのテクニカルな技術も大切です。その両輪を回して、文章を粛々と直していきましょう。
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すでに今年も半分に指しかかっていますが「今年中にやってみたい企画」がぽこぽこ思いついております。もちろん、すべて実行できるわけではないので、取捨選択が必要ですね。でもって、それを決めるために自分なりの価値基準が必要となります。アイデアが多い人ほど、そうした基準が大切になるのでしょう。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。メルマガ毎週月曜配信中。