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知的生産の技術書006『思考の整理学』


倉下忠憲今回は006を。定番中の定番です。


広く読まれている一冊

外山滋比古さんの『思考の整理学』は、このジャンルでもっとも読まれている本の一冊に数えることができるでしょう。

タイトルは「整理学」となっていますが、体系的にまとめられた本ではなく、ゆったりと面白おかしく読んでいけるエッセイになっています。

また、具体的なツールやノウハウの解説はほとんどありませんが、だからこそ時間を超えても有用な示唆を与えてくれる一冊でもあります。そのあたりが、長く読みつながれている秘訣でもあるのでしょう。

創造性やアイデアについて、ノートについて、文章の書き方や考え方について、さまざまな話題が登場するのも本書の面白さの特徴です。知的生活・知的生産の技術の垣根を越えた、「知的営為」についての考察が詰まった一冊です。

グライダーと飛行機

本書の冒頭には「グライダー人間」と「飛行機人間」の対比が登場します。もう少し言えば、グライダー能力と飛行機能力です。

人間には、グライダー能力と飛行機能力がある。受動的に知識を得るのが前者、自分でものごとを発明、発見するのが後者である。両者はひとりの人間の中に同居している。

現代は、間違いなくインターネット社会です。情報の流通においてネットが果たす役割は計りしれません。そのインターネットは、両面的な性質を持ちます。つまり、何もしなくても雪崩のように情報が流れ込んでくる受動的な環境を作ると共に、意欲や目的を持って、必要な情報を自ら探し出し、他人とインタラクションをしながら新しい発見を得る環境を作る力を持つのです。

道具は使い方次第だと言われますが、インターネットこそまさにその極地でしょう。

しかしながら、留意しておきたい点が二つがあります。一つは、商業主義的な視点にとって(特に広告主体のビジネスにとって)、ユーザーが受動的である方が望ましい、という点です。当然、そうした主義が形作ろうとする環境には人を受動的な立場に追いやろうとするベクトルを持ちます。

もう一つは、引用にもあるようにグライダー能力と飛行機能力はひとりの人間の中に同居するものだ、という点です。つまり、飛行機能力が優れているように見えるからといってそれだけを磨けば事足りる、というわけではありません。自分の興味関心のアンテナに引っかかるものしか目にしないようになれば、あっという間にフィルターバブルに取り込まれてしまいます。

どちらの能力も適切に発揮されるような環境作りを目指すこと。それが現代において特に重要となりつつあります。

時間について

もう一点、本書において現代でも通用する重要な指摘が「時間」についてです。もう少し言えば「寝かせる」ことの重要性です。

思いついた着想をすぐにどうこうすうることはせずに寝かせておく。あるいは難しい問題を、一晩おいて考えたりする。はたまたノートに書きつけたものを、別のノートの書き写す。

スピードが(というよりも即時的な反応が)重視される現代からするとあまりにもまどろっこしい話ですが、この「時間」をかける感覚が発想において重要だ、という指摘は本書でもたびたび登場します。

では、なぜ時間をかけることが大切なのでしょうか。それは人間の注意が関係しています。

人間がある対象に注意を向けると、それにぐっとズームするような感覚になります。そればかりが目に入って、それ以外が視野から外れる感覚です。対象から連想される事柄も、きわめて範囲が限定されてしまいます。それで豊かな発想が可能でしょうか。

時間をかけることで、注意の向け方が変わってきます。いったん別の対象に注意を向けてみる。すると、もともとの対象の見え方も変わってきます。連想の広がりもきっと違ってくるでしょう。そのようにして、新しい発想が──もっと言えば、その人らしい発想が──生まれてくるのです。

現代の情報環境では、限りなく短い時間で反応を返すことが求められ、それが注意を限定してしまう作用を持ちます。そうした情報環境が「注意経済」と呼ばれているのは実に皮肉なことです。私たちはいったい何を「切り売り」しているのでしょうか。

ゆっくりと「時間」をかけて、考えてみたいところです。

メタ・ノート

本書の「知的生産の技術」部分に目を向ければ、「メタ・ノート」という技法が登場します。梅棹忠夫がノートをやめ、カードに軸足を移したのにたいして、外山はノートにこだわっているのが面白いところです。おそらくこの点も、本書が広く受容されている理由でしょう(カードと私たちの心理的距離は少し開きすぎているようです)。

思考を整理する「メタ・ノート」習慣を始めよう!

ともあれ、メタ・ノートはアナログのノート帳を使います。それも複数使います。

まず思いついたことを何でも書き留めるノートを作ります。ノートと呼んでいますが、役割としてはメモ帳のようなものです。そうして書き留めた着想から、「時間」が経ってもまだ面白さがあるものを別のノートに書き写します。これが「ノート」です。選りすぐりの着想が集まっているのですから、これは実に頼もしい存在です。

しかし、それだけでは終わりません。そうして選抜されたものも、やはり時間が経てば色あせるものが出てきます。そこで、まだ輝きが残っているものを、さらに別のノートに書き写します。それがメタ・ノート(ノートのノート、というような意味)です。

そのメタ・ノートは、スポーツで言えばオールスターのような存在で、自分の興味関心にとってきわめて純度の高い着想が残っていると言えますし、そうしたテーマであれば、時間をかけて取り組む価値も感じられます。また、一冊のノートにまとめてあることで、前後の着想とコンテキストが生まれ、そこから新しい発想が生まれてくることも期待できます。

さすがにこの手法を、現代でそのまま真似するのは(労力的に)ちょっとキツイものがあるかもしれません。それでも「別の場所に移しておく」という手法は、デジタルツールでも十分活用できるでしょう。

知的生産の技術書100選 連載一覧

▼編集後記:
倉下忠憲


ぼちぼち回復しつつあります。毎日少しずつですが原稿を書いております。


▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。メルマガ毎週月曜配信中