「知的生産の技術書100選」の一発目として取り上げるとしたら、やはりこの本になるでしょう。
『知的生産の技術』(1969)
本書は「はじまりの書」です。それも3つの意味でそう言えます。
「知的生産の技術」のはじまり
まず、タイトルの通り本書が「知的生産の技術」の原点です。
とは言え、本書以前にそうした技術が存在しなかったわけではありません。知的生産者は、自分なりのノウハウを構築していたでしょう。しかし、それらはあまり表立って公開されることはなかったようです。なんなら「ちょっと恥ずかしい話」に位置づけられていたのかもしれません。本書は、そうした「技術」に対する感覚を変えました。
学問的な意味での(あるいは大文字での)「方法」ではなく、もっと細かく、具体的なレベルでの研究の進め方を「技術」として捉え、それを多くの人に共有してみせたのです。それまでは秘匿され、結果として名前がなかった対象に「知的生産の技術」という(かなりカッコイイ)名前を与えたのが本書でした。
個人が実装する工夫が「技術」として認識され、それが共有される、という流れは、それ以降「知的生産の技術・仕事術・ライフハック」と姿形を変えながらも脈々と生き続けています。
小さく具体的で個人的な、しかし共有可能性を持つ「技術」。
そうした情報のカテゴリーを産出した一冊と捉えても言い過ぎではないでしょう。
「知識・情報社会」のはじまり
もう一つ、本書ははやい段階で「知識社会・情報社会」の到来を予見しています。しかも、その内容を新書という一般向けの媒体で発表しています。
私はリアルタイムで本書を読んだわけではないので、その時代にこの内容がどの程度の共感を持って受け入れられたのかは推測の域を出ませんが、少なくとも2022年の現代から言えば、たしかに社会は著しい「情報化」を迎えています──知識化はまだなんとも言えないところです──。
あいかわらず「物」に価値があることは代わりありませんが、その「物」に付加価値を乗せたり、あるいはそれ単独で価値を生み出せる情報の存在感が増しつつあります。
インターネットの検索がうまく使えないと、結構な不便さがあることを加味しても、私たちの生活において「情報の扱い方」が重要な位置づけを持っていることは間違いないでしょう。
つまり、知識を扱う仕事をしている人だけに有効性を持つ技術ではなく、広く「市民」にとって必要な技術、という視点が提示されています。この論点は、まさに2022年以降より強く議論されていくことでしょう。
梅棹の他の著作では、『情報の文明学』、『情報の家政学』あたりが面白く読めます。
「梅棹忠夫」のはじまり
最後にもう一つ、梅棹忠夫はノウハウ研究者ではなく学者であり、さまざまな著作があります。そうした著作にダイレクトに飛び込むのではなく、まず本書で「準備運動」をしてからそうした本を手に取ってみる、というルートがあるでしょう。つまり、「梅棹忠夫」という書き手の「はじめての書」にも本書は位置づけられます。
もし書き手として興味を覚えたら、以下の本をおすすめします。
登場するメソッド
「知的生産の技術」という観点から本書の内容を拾っておくと、以下のメソッドが紹介されています。
- カード法
- オープン・ファイル方式
- こざね法
カード法
「情報カード」という文房具を使った情報整理術です。あるいはアイデア管理法と呼んだ方がいいかもしれません。
自分の着想を一つにつき一枚のカードを使って記述していくスタイルで、それらを分類せずに保管していくことが最大の特徴でしょう。ポイントは、カードへの記述は走り書きで済ませるのではなく、しっかりとした文章として書くことです。梅棹はそれを「豆論文」と表現しました。小規模であっても、他の誰かに内容を伝えられるような文章を書くことを目指す、という含意です。
そうしたカードを増えていくままに任せ、書いては読み、読んでは書いて、というサイクルを回していくことで、「自分自身との対話」を促進する意義がこのカード法にはあります。
その意味で、このカード法は「ネタ帳」ではありません。カードを「貯蔵」し、それを後から利用する、という魂胆があるわけではないのです(この点がよく勘違いされる点です)。そうではなく、カードを書くことで考え、また書いたカードを読み返すことで考え、という「考え」を促すことが最大の意義です。つまり、思考というプロセスを下支えするのが梅棹のカード法です。
オープン・ファイル方式
こちらは資料・書類の整理法です。情報の小さいまとまりごとにフォルダを作り、そこに関係する情報をすべてまとめていき、そのフォルダを横に並べる、という方式になっています。
デジタルで言えば、メールの「スレッド機能」が近いかもしれません。カテゴリごとに分類するのではない、という点はカード法とも近しい思想を持っています。
こざね法
「こざね法」は、原稿を書き進める際の補助になってくれる技法です。
その原稿で書こうと思っていることを表すフレーズを小さな紙片に書いていき(もちろん、一枚一フレーズで書きます)、それらを並び替えたり、まとめたりしながら、原稿の構成を整えていく手法となります。現代で言えば、アウトライナーを使った構成構築が近しいでしょうか。
ポイントは、脳内だけで複雑な構造の入れ替えを検討するのではなく、そこで使う素材を一旦頭の外に出して(つまり、その記憶保持に脳のエネルギーを使うことをやめ)、紙片の操作を通して脳内の認知的な整理を進める点です。つまり、「構造」について考えるための技法というわけです。
カード法とこざね法は、「一枚一件」の要件が同じなので、手法として混同されることがよくありますが、基本的にはまったく別の目的を持つ技法だと捉えてよいでしょう。カード法が自己との対話を促す──つまり、「内容」について考える──のに対して、こざね法は「構造」について考える手法だからです。
この点にだけ注意すれば、この二つの技法は知的生産活動において大いに役立ってくれることは間違いありません。
さいごに
情報をネットワークとして捉えると、本書はハブのような存在になります。本書からさまざまな本に枝が伸びているのです。その意味で、本書はどの時点で読んでも問題はありません。何かしらの本と、何かしらの関係を持っているからです。
とは言え、本書からスタートするのも悪くはないでしょう。本連載も、本書からスタートして、さまざまな知的生産の技術書に枝を伸ばしていきます。
(つづく)
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まずは一冊目の紹介となりました。きっと予想通りのチョイスだったと思います。文体やら構成などはまだ手探りなので、今後連載を続けながら模索していきます。引き続き、よろしくお願いします。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。メルマガ毎週月曜配信中。