今回は019から022まで。前回まででアナログ→デジタルにおける知的生産の技術概論は一通り確認できたので、ここからは各論に入ります。まずは、野口悠紀雄氏による著名な整理法のシリーズを。
- 『「超」整理法』(1993)
- 『続「超」整理法・時間編』(1995)
- 『「超」整理法3』(1999)
『「超」整理法』
最初にお断りしておくと、このナンバリングはなかなか難しいものがあります。中公新書から発売されているのは3冊なのですが、同様の内容が編集されて中公文庫で発売されているものは4冊になっています。電子書籍で入手できるのは中公文庫版なので、そちらに揃えるのが良さそうですが個人的思い入れの強さから中公新書版にてナンバリングを行いました。
という事情はさておき、まずはシリーズ一冊目の『「超」整理法』です。本書は、数ある知的生産の技術書の中でもエポックメイキングな一冊と言ってよいでしょう。整理に関する考え方を大きく動かした一冊です。
とは言え、その仕組みはきわめてシンプルで、いっそ拍子抜けするかもしれません。
書類群を封筒に入れて、それを棚に縦に並べていく。新しいものは左端(逆でもいい)に入れる。棚から抜き出して戻すものも、やはり左端に入れる。これだけです。
デジタルツールに慣れているならば「更新日順」のソートを思い浮かべればよいでしょう。直近touchしたものが手近なところに並び、ほとんど触っていないものはどんどん奥の方に追いやられていく、という形になっています。
この方式の斬新なところは、まず「内容によって分類しない」という点です。個々の封筒は小さいグループを形成しますが、その封筒同士を「似たもので集める」ということはしません。税務書類を入れた封筒の隣に、プレゼント応募のハガキを入れた封筒が並んでいるような「錯乱」した状態が起こりえます。
何かを整理しようと考える人──つまりある程度几帳面な人──であれば、そんな状態は堪え難いかもしれません。しかし、これが案外うまく機能するのです。その点は、デジタルツールの「最近使ったファイル」でたいていのファイル選択が済んでしまうことが証左になるでしょう。
また、この方式では、「捨てる基準」が示されるのもポイントです。物理的な書類などは──デジタルと違って──すべてを保存しておくのは無理があります。いつかどこかで何かを捨てなければなりません。しかし、情報ほど捨てるのが難しいものはありません。「いつか使うかも」という可能性がいつでもついて回るからです。
しかし、この方式──「押出しファイリング」と呼ばれています──においては、奥に追いやられているものほど「不要な可能性が高い」ことが示されています。もちろん、年に一回は必ず使う、といった情報も奥に入っているので機械的に捨てることはできませんが、そこに並んでいる情報すべてが等価である、という状態に比べれば「捨てる・捨てない」の判断は容易になるでしょう。このように、単にものを整理整頓するだけでなく「捨てる基準」を作り出すのも押出しファイリングの特徴の一つです。
さらに言えば、押出しファイリングでは「秩序が使いながら形成される」というのもポイントです。はじめから完璧な秩序体制をつくり、それを維持していくのではなく、「封筒を使い、戻す」という日常的な行為の積み重ねによって使いやすい整理体系が徐々にでき上がっていくというボトムアップな方式になっています。まず分類ありき、の姿勢とは大きくことなるコンセプトです。
以上のような「整理の思想」は、デジタルにおいても非常に役立つものですし、もちろんアナログ的に保存された情報を整理する際にも現役で役立つものです。これはぜひ押さえておきたいところです。
『続「超」整理法・時間編』
『「超」整理法』は、情報整理がテーマでしたが、こちらは時間整理がテーマです。
いくつか重要な示唆がありますが、大きな主題は「人間は、時間が見えていない。だからスケジューリングに失敗する」というものです。その主題に答える形で「時間を見るための手帳」として、「超」整理手帳という製品も開発されています。そうした手帳を使わなくても、本書で指摘されている問題(意識)は、さまざまな人の仕事の中で生じているでしょう。その意味で、仕事術として役立つ一冊になっています。
たとえば第2章の「スケジューリングの技術」は役立つノウハウでいっぱいです。
仕事の進め方の五原則
- 原則1 中断しない時間帯を確保する
- 原則2 現場主義と応急処置
- 原則3 拙速を旨とせよ
- 原則4 ときには寝かす
- 原則5 不確実なことを先にやる
予定の立て方のヒント
- ヒント1 日誌で未来を予測する
- ヒント2 自分で期限を切る
- ヒント3 関係者にスケジュールを知らせる
- ヒント4 ポケット一つ原則でダブルブッキングを防ぐ
これだけでもビジネス書一冊分くらいの知見がありますね。たいへん有用な内容です。
また、『「超」整理法』についての補足的な内容も含まれているので合わせて読まれるとよいでしょう。
『「超」整理法3』
副題は「とりあえず捨てる技術」です。簡単に言えば、大量に溜まってくる情報をいかに廃棄するのかが論じられています。
「いや、不要になったら捨てたらいいじゃん」と思われるかもしれませんが、そう理解しても捨てられないのが人情なのです。そこで「とりあえず捨てる」のです。つまり、いきなり捨てるのではなく、一旦別の場所に移動しておいて、仮廃棄状態にしておく。そのまま様子を見て、やっぱりそれを使わないことがわかったら、そこから本廃棄に移る、という二段階のステップを踏むのがポイントです。
とは言え、これはアナログ的な発想です。本書の後半でもデジタル情報は別に捨てる必要はないと説かれています。まさにその通りです。実際、デジタルベースになった著者の著作では「捨てないで、検索して見つける」が主張になっています。
その主張にはまったく同意するのですが、それでも「とりあえず捨てる」というコンセプトはいまだに有用だと感じます。特に、原稿を執筆しているときにそれは強く感じます。「この部分は不要かもしれないけども、でもいるかもしれないな~」のような気分のとき、原稿の「整理」はなかなか進みません。そんなときに、「とりあえず捨てる」のです。別の場所に移動させたり、別のファイルにコピペするなどして、仮廃棄状態に持っていく。それで原稿がすっきりするならOKですし(たいていそうなります)、問題があれば元に戻せばいいのです。
こういうやり方は、本書が提示する「バッファー」の考え方と通じるものがあるでしょう。「整理」は必ずしも、自分の手持ちの書類や情報だけを対象するのではないわけです。
以上のように、情報の扱いがアナログベースであった時代の著作群ではありますが、そこにある問題意識と改善への手つきは非常に示唆に富むものです。情報の整理ほど厄介な問題はありませんが、知的生産を進めて行く上では避けては通れないので、先達のノウハウを参考にしながら、自分なりの方法を確立していきたいところです。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。メルマガ毎週月曜配信中。