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企画にはなるべく早めに手を付けて、お魚を網で囲い込む

倉下忠憲

新しい企画の話が出てきたら、できるだけ早く「手を付ける」ようにしています。

といっても、A.S.A.Pで原稿やスライドを完成させる、というわけではありません。そんなことをしていたら、依頼が入るたびにタスクの優先順位がぐちゃぐちゃになってしまいます。

実際にやることと言えば、「手付け」、つまり少しばかりのとっかかりを作ることです。

別の表現を使えば、魚を誘い込み、逃げないように囲うための網を張り巡らせること、となるでしょう。



依頼が刺激する連想

木村泉氏の『ワープロ作文技術』にこんな記述があります。

原稿の依頼を受けた晩というのは、メモ書きをするのにことのほか適したタイミングである。原稿依頼という刺激によって、連想が活性化されているからである。水の奥の方に光が当たっている状態、といってもいいい。そういうときには、ふだん目に付かないお魚があちこちにちらちらするものだ。

ここで言う「お魚」は、「アイデア」と捉えておけばよいでしょう。原稿依頼を受けた後は、連想が刺激され、その原稿に関するアイデアが思い浮かびやすい、と木村氏は書いています。

実際、自分の経験を振り返ってもこれは強く頷けます。「あぁ、これはあれだな」「そうそう、あれも関係しそうだ」「これも言っておく必要がありそう」なんてアイデアがボツボツと浮かんでくるのです。

すると、「よし、これは大丈夫だ。なんとかなるだろう」なんて自信も湧いてきます。

逃げるお魚

が、しかし。

それらをメモしておかないと、後で原稿を書く際、ひどい目に遭います。

あれほど思い浮かんでいたアイデアも、その内の2割か3割程度しか思い出せません。ボリュームが足りない上に、言い足りない感じも付きまといます。お魚が逃げてしまったのです。

とにもかくにも、思いついたそのときに、たとえそれが不完全な形であれ(あるいは不完全な形だからこそ)書き出してメモしておかなければなりません。もちろん、ただメモすればそれでOKというわけでもなく、後からちゃんとそのメモにアクセスできるようにしておくことも肝心です。

そこで場所作りが必要になってきます。鉛筆を何本か買ったら、ペン立てを買う。というのに似ているかもしれません。「容れ物」を準備するのです。

たとえばアナログであれば専用のクリアファイル、デジタルであれば企画名を冠したフォルダ、Evernoteであればノートブックやタグ。そういった「容れ物」を準備して、思いついたメモを放り込んでいきます。

すると、そうしたメモ&容れ物に触発されたかのように、別のアイデアもボツボツ湧いてきたりするものです。

実に不思議ですが。「容れ物」が、魚を囲い込むための網として機能しているとも言えるでしょう。

これを作るのが、私の「手付け」作業です。

壁ではなく網を張る

ここでのポイントは、アイデアを保存する「容れ物」は網であって壁ではない、という点です。

『ワープロ作文技術』から続きの文章を引用しましょう。

「原稿の依頼を受けた直後」といっていないことに注意していただきたい。受けた刺激が網目から網目へと伝わって、われわれの連想が本当に目を覚ますまでには、ある程度時間がかかる。たとえば六時間後、といったあたりがよいところである。つまりその晩あたりが適当、ということになる。

依頼を受けた直後では十分に連想が機能していない。だから時間を置いた方が良い、というアドバイスです。

たとえば、原稿の依頼を受けた直後に、何かしら構成案めいたものが思い浮かんだとしましょう。そういうことはよくあります。が、そのとき急いでプロットを立て、パソコンのフォルダをそのプロット通りに作ってしまうと、後々やっかいなことになるわけです。

□プロジェクト(フォルダ)ー□第一章 〜〜とは
             ∟□第二章 〜〜の歴史的経緯
             ∟□第三章 現状の〜〜の問題点
             ∟□第四章 新しい〜〜

こんな感じでフォルダを作ると、スッキリするものです。何か整理できたような気分になります。

でも、後から浮かんでくる連想がこのプロット通りになっているとは限りません。むしろそうでないことの方が多いでしょう。すると、「このメモはどこに保存しようか」という悩みが発生してきます。あるいは、こうしてはっきり区切られていることで、アイデアがこの制約の下に潜り込んでしまう可能性もあります。つまり、初期プロット以上のプロットが出てこないのです。

これは大きな問題といってよいでしょう。

硬直的な堅苦しい壁ではなく、後から小さくも大きくも変更できるような網にしておく。それぐらいの柔軟さがアイデアの「容れ物」には求められます。

さいごに

といっても、文章の書き方にはかなり個人差があるので、「これが正解!」と胸を張って断言できるものではありません。

どれだけ後になっても綺麗に記憶を再現できる人もいるでしょうし、常に最初に立てたプロットが最高のプロットになる、という人もいるでしょう。が、見回してみるとそういうのは「特例」な気がします。

「特例」以外のふつうの人は、それなりに「お魚」との付き合い方を考えた方がよいでしょう。

蛇足になりますが、最初に思いついたプロットをメモしておくことは別段害になりません。「当たりを付ける」効果はありそうです。ただ、それを制約としてしまうと連想が阻害されてしまう、というだけの話です。

▼参考文献:

なんだかんだ言いながら、ここ最近に発売された知的生産本ではなく、それよりもずっと前に書かれた知的生産本を良く読み返します。役に立つ立たない以前に、本質的なことが語られているかどうか、という点が大きいのかもしれません。


▼今週の一冊:

告知になります。

本雑誌の「アイデアが生まれる瞬間」という連載に寄稿しました。テーマは「アイデア発想のノート術、メモ術」。ご興味ある方は、ぜひチェックしてみてください。この辺の話も、もう少し膨らませていきたいところです。


▼編集後記:
倉下忠憲



脱稿、というのは実に素晴らしい響きですね。重版の次の次の次ぐらいに心地良いものです。というわけで、次の本の原稿を一通り書き上げ、画像データの準備も終わりました。ここからはゲラの確認作業が待っております。というわけで、次の本の発売日も近々発表できるかと思います。


▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。