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文章が書き始められない時の、二つの「とりあえず」法

01.11.0601.11.06 / base2wave


倉下忠憲
「なかなか文章が書けないんです」

というお話をよく聞きます。たしかに受動的に情報をインプットする作業に比べて、能動的にアウトプットする作業は少しハードルが高いかもしれません。

ブログの更新、メールの返信、企画書あたりならば、さほど珍しい作業ではないでしょう。あるいはプロの物書きであれば、本の執筆は日常業務です。これらの「文章」が書けないと、いろいろまずいことになります。

文章を書くという作業全体を眺めてみると、もっとも困難な部分が「書き始めること」です。「気が乗らない」「もう少しまとめてから」「時間があるときにしよう」……と先送りの理由はいくらでも湧いてきます。特にきちんとしたものを作ろうと思えば思うほど、この先送りの声は大きくなっていくのではないでしょうか。

この声を沈めるための一番効果的で手っ取り早い方法が、「とりあえず」始めること、です。

先達の助言

文章作成について書かれた本はたくさんあり、それぞれの本では著者の視点からの「文章作成術」が紹介されています。時にまったく逆の意見が主張されていたりすることもありますが、多くの本で共通するのが「とにかく書き始めろ」というアドバイスです。

いくつかの本から、その部分を引用してみます。

外山滋比古氏の『文章をかくこころ』では次の通り。

頭の中であれこれ考えていると、次第に書くのがこわくなってくる。まだまだ書ける状態にない、と思っているうちに、時間がなくなって、浮き足立つ。あせる。これではせっかくのいい考えも逃げて行ってしまう。
とにかく、あまり時間が切迫しないうちに、考えていることを書いてみる。うまくいかなくても、やり直しがきくと思えば気が楽である。

木村泉氏の『ワープロ作文技術』ではこう書かれています。

書き下ろしの第一条は、とにかく手を付つけることである。(中略)そしてもう一つ、これはすでにうるさいほど何度も述べたことだが、手をつけたあとは、多少うまくゆかないことがあっても「そのうち何とかなるさ。」ぐらいの気分でいることが大切である。

野口悠紀雄氏の『「超」文章法』では、このような感じです。

以上で述べたのは、「始めなくてはできない」ということだ。これは、自明である。しかし、真に重要なのは、その裏命題である。つまり、「始めればできる」のだ。完全でなくともよい。ほんの手がかりでもよい。「何か」あれば、そこから文章は成長していく。ゼロと「何か」の違いは、甚大なのである。

この本の中では、ヒルティの次のような言葉も紹介されています。

まず何よりも肝心なのは、思いきってやり始めることである。仕事の机にすわって、心を仕事に向けるという決心が、結局一番難しいことなのだ。

「着手する」というのがボトルネックならば、逆にそれさえ何とかできれば問題の多くが片づく、ということでしょう。

「とにかく始める」ことに効果があるとしても、じゃあどう始めるのかという問題が残ります。この「とにかく」を「とりあえず」に変換してみる、という方法が良さそうです。

とりあえず準備する

ToDoリストの「〜〜を書く」というタスクを見て、やる気が何一つ湧いていないときは、まず「準備」だけやってみることです。

白紙の用紙を取り出して、今日の日付を書く。テキストファイルやプレゼンファイルを新規作成して、白紙の状態でも名前を付けて保存。プロジェクト用のフォルダを作ったり、Evernoteのノートブックを作ってもよいでしょう。メールであれば、「とりあえず」返信ボタンだけ押す、というのがそれに当たります。

これらは文章を書くという作業そのものではありません。なので、自分のこころの中に「とりあえず〜〜するだけ」という先送りしない言い訳が成り立ちます。

すると、先送り派の声も「まあ、〜〜するだけならいいか」という風に小さくなっていきます。
※これは「面倒に感じられなくなる」ということの比喩的な表現ですが、心の中をこうした対立構造で捉えるといろいろな発見があります。

作業興奮のせいなのかはわかりませんが、実際これらの作業をするだけのつもりでも、実際に取りかかってしまえば「多少」やる気は出てきます。ちょっとぐらいなら何かを書こうという気分になります。なかなか不思議なものです。

これが「とりあえず」の第一歩目です。

とりあえず先に進める、(仮)法

実際に書き始める段になっても、まだ足を引っ張る声が聞こえてくることがあります。タイトルや書きだしを考えている時に、思い浮かんだ文章に対してネガティブな反応が出てくるのがそれです。

「もっと目を引くタイトルじゃなきゃだめなんじゃないのか」「そんな書き出して良いのか」

こういう声に引っ張られていると、多少大きくなったやる気も奥の方にすっこんでしまいます。こういう声を閉め出すには「これは(仮)だから」と自分に言い聞かせるのが一番です。

うまい表現や適切な構成は、あとで見返すときに修正するとして、「いまのところはとりあえず(仮)で」という気持ちでいると、筆が進みやすくなります。最初から完璧な完成形を作れば、修正の手間が減って効率良く進むように見えますが、そういう運用をしようと思えばなかなか進まないというのが実際の所ではないでしょうか。

心の中からネガディブな声が聞こえてきたら、「これは(仮)だから」と言い聞かせてみると、案外おとなしくなります。もちろん、実際に後で見返して、修正すべきものは修正し、残すものは残せばよいだけです。

ちなみに、この文章も最初は別のタイトルが(仮)になっていました。ぱっと思いついたのが「とりあえず書いてみる」という投げやりなもの。それをとりあえず書いておき、全て書き上げた後で修正しました。

さいごに

「取りかからなければ進まない」「取りかかれば進む」というのは、文章作成だけではなくて、多くの仕事にも共通している要素ではないでしょうか。

なかなか着手できないときは、とっかかりになるような部分を見つけ、それを「とりあえず」の気持ちで初めてみるのが一番です。特に文章は、「書きながら考える」「書いているうちに理解できる」ということが頻繁にあるので、内容について思い悩んでいるならば、一度(仮)の文章を書き始めてみるのがよいかと思います。

 

▼参考文献:

文章を書く際に気をつけるべき点を書いたエッセイ集といった趣の本です。非常にゆったりとした文体で書かれる文章の中に、たくさんのアドバイスが詰め込まれています。読んでいると、なんとなく自分で文章を書けるような気分になってきます。

ワープロ(ワードプロセッサ)を使うと、文章の作り方はどう変化するのか、どのように文章作成を進めていけばよいのか、ということを具体的に記した一冊。原稿用紙を使ったことが無い、パソコンで文章を書くのが当然という方でも、十分に示唆を得られる一冊だと思います。

どのように文章を書くのか__メッセージ、構成法、文章の化粧法__など文章作成の全体像について触れられている一冊。

▼今週の一冊:

帯には、「何を持つか」より「どう生きるか」、と書かれています。

金融危機後のアメリカにおいて、人々がお金の使い方を含めた生き方そのものを変化させつつあるということを、消費の動向や企業活動の変化の具体事例を交えて紹介している一冊です。

日本でも、シンプルな生き方に注目が集まっているような気がしますが、そういったものに興味があるかたならば、一読してみる価値はあるでしょう。これからの企業の在り方を考える示唆にもなるかもしれません。


▼編集後記:
倉下忠憲



あんまりこの言葉は使いたくないんですが、最近「忙しい」です。

だいたい、これが出てくるときは自分が状況をコントロールしきれていない場合なので、目先の作業から一歩引いてみて、全体像を見返す必要がありそうです。


▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。