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その方法の「名前」は何ですか? 〜ネーミング・トレーニング〜

倉下忠憲
知的生産についての本を読んでいると、「ほほぅ」と感心させられることがよくあります。

それは紹介されている技術やツールの便利さでもなく、体系立てられている方法論でもなく、膨大な知識量でもありません。

独自の「方法」を作り上げて、それに「名前」を付ける。あるいは何かしらの問題をピックアップし、そこに「名前」を与える。そのネーミングセンスが抜群なのです。

なるほど、これが本質を捉まえる力なんだなと思いながら、「これは一種のトレーニングになるのでは」という気もしてきます。


たとえばこんな例

例えば、野口悠紀雄氏の『「超」整理法』。この本にはさまざまなネーミングが登場します。

有名どころは「押出しファイリング」。詳しい紹介は割愛しますが、使ったものを常に左端に戻すことで、使用頻度の低いものを自動的に「押し出す」ことができるという整理システムです。この方法には別の名前を与えることもできそうですが、いろいろ頭を捻ってみてもこれほどシンプルな名前は思い浮かびません。

この本には、「こうもり問題」「神様ファイル」「<君の名は>シンドローム」などなど、これ以外にもさまざまなネーミングが登場します。

他にも、木村泉氏の『ワープロ作文技術』という本があります。

この本では、「太公望方式」「魚群探知方式」「モーツァルト方式」などが登場します。ちなみに「太公望方式」というのは、自分のアイデアを紙に書いておいてそれを持ち歩き、ちょっとした待ち時間などに思い付いたことを書き足していく、という方法です。釣り糸を垂らして、魚がかかるのを待っているというイメージから付けられた名前でしょう。

その他、林望氏の『「時間」の作法』では「ビーコン法」(文章の書き進め方)・「せせらぎ洗い」(食器洗いの進め方)、梅棹忠夫氏の『知的生産の技術』では「こざね法」(文章構成の方法)・「発見の手帳」(日常メモのスタイル)、などなど例を挙げていけばキリがありません。

鎌田浩毅氏の『ラクして成果が上がる理系的仕事術』という本にいたっては、名付けられた16個の「○○法」で内容が構成されています。

要点を捉まえ、概念を生み出す

このようなネーミングにおいて大切なのは「要点」を把握することです。

名前を付けること自身は、それほど難しいことではありません。たとえば「押出しファイリング」を「封筒陳列法」などと名前を付けることもできます。

しかしこのネーミングが適切かというとかなり疑問でしょう。別に封筒を使うことそのものが重要というわけでもありませんし、立てて並べておくことも利便性を確保するためでしかありません。重要なのは、「使用頻度」をキーにして書類が整列され、ほとんど使っていないものは押し出されていくというコンセプトです。それが、これ以外の「整理法」との大きな差異になっています。

この部分を押さえて名前を付けないと、的外れな感じのネーミングになってしまいます。

含まれている要素から、重要なものを抜き出し、抽象化する。こういったプロセスは「概念化」とも呼べるでしょう。これを経ないことにはうまい「ネーミング」は生まれてきません。

知的生産系の本で、こうした独自の「~~法」というネーミングがうまれてくるのは、著者が自分なりの工夫でその方法論を作り上げているからでしょう。

わざわざ自分なりの方法論を作り上げたということは、今までの方法論では足りない何かがあったということです。その溝を埋めるために、自分なりのやり方を構築する。当然そこには「この作業にとって重要なことは何だろうか」という考察が含まれることになります。差異の発見です。その考察があるからこそ、自分なりの方法論に適切な名前を付けることができるのでしょう。

ネーミング・トレーニング

これを逆の視点から捉えてみましょう。つまり、名前を付けることが「概念化」のトレーニングになる、と考えてみるわけです。

実際、知的生産の作業の中でも、「概念化」スキルが必要になる場面が存在しています。文章のタイトルや見出しを考えるためにも、その文章からエッセンスを抜き出せる必要があります。あるいは書籍のタイトルを考える場合でも同じでしょう。KJ法を行う際に、メモを集めたグループに名前を与えるときにも同じようなスキルが必要になってきます。

欠かせないスキルとまで言えるかどうかはわかりませんが、持っていて損のないスキルではあると思います。

ネーミングというのは、そういうスキルのトレーニングにピッタリです。

自分なりの方法、たとえば本を買ってから、読んで、本棚に置くまでの一連の流れ、ブログ記事の書き方、RSSフィードの処理方法、iPhoneアプリの管理法、家事のスタイルなどなど、工夫を加えてやっていることがあるならば、それに独自のネーミングを与えてあげるというのはどうでしょうか。

あるいは、すでに名前が付いている方法論に別の名前を与えるとすればどういうものになるかを考えてみる、というのも面白そうです。

「別に名前なんてなんだって良い」という考え方もあるでしょう。そしてそれは確かにそうです。でも、何かしらの名前を考えてみるというのは、ちょっとした思考トレーニングになります。

トレーニングといっても、正解や不正解などありません。自分が付けた名前がピンとくるかどうか、ぐらいが評価軸です。一種の「お遊び」みたいなものです。

しかし、そういう「お遊び」を日常的にやっていると、スキルが徐々に上がっていき、必要な時に必要な力を発揮できる、ということがあるかもしれません。

さいごに

今回は、「名前を付ける」ことについて少し考えてみました。

一応、この趣旨に沿って「名前を付けることによって、概念化の練習をする」というのを「ネーミング・トレーニング」と名付けてみました。
※ちょっと韻を踏んでいるのがポイントです。

が、やや安直な感じは否めません。

ではもし、独自の名前を付けるとしたらどんな感じになるでしょうか。ぜひ一度ネーミングしてみてください。

▼参考文献:

すでに紙の封筒で書類を管理しなくなって久しいですが、整理という行為において何が大切なのかが示されている一冊です。

ワープロ(デジタルエディタ)を使った、文章構成法の紹介。単なるテクニック紹介ではなく、ゼロから文章を立ち上げていく行程が語られています。本文では紹介しませんでしたが、「コンプレックス補助線」というのもなかなか面白い手法です。

タイトルからではちょっとわかりにくいですが、「知的生産系」の本です。時間の使い方がテーマなので、食器洗いの方法まで紹介されているというユニークな一冊。

今の時代にこそ読む本だと思います。本当に。

16個の「~~法」というのを軸に、著者本人が実践している知的生産の技術を紹介したもの。上記で紹介した本からの引用も多くあります。

▼今週の一冊:

最近読了したものだと、以下の一冊になります。

桜井章一さんの本。インタビュアーとの対談という形になっています。そのインタビューアーが誰かというと羽生善治さん。麻雀の世界の勝負師と、将棋の世界の勝負師。二人の対談はなかなか濃密です。


▼編集後記:
倉下忠憲



最初「名付け訓練法」とかにしようかと思ったんですが、あまりにダサかったんでやめました。ネーミングトレーニング法も今一歩、という感じが否めませんが…。


▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。