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「トラ」「ヘリウム」「ファンクラブ」で自分のギアを入れ替える

倉下忠憲
新しい一年で「自分を変えたい」と考えている人に是非ともオススメしたい一冊。


ペプシやサムスンのブランディングを手がけたピーター・アーネルの著書です。彼のブランディングにおける手法と自己改革についての考え方が熱い口調で語られています。

表題の「シフト」の法則が順序立てて解説されている本ではないのですが、ぐいぐい引き込まれてしまう内容なので、最後まで一気に読んでしまうかもしれません。ブランディングについての考え方と「自分を変えていく」方法について行ったり来たりしながらも、両者に共通するコアとなる考え方が提示されていきます。


ブランディングと自己改革

アーネル流・自己改革についての考え方は

「自分をブランド化して最高の自分を引きだす」

という事が根本になっています。

今の自分から逃避した「別人」になろうとするのではなく、あくまで「自分」というものを基盤にして、そこに眠る新しい価値や側面に注目する考え方です。確かにこういうやり方は「ブランディング」の手法と言えます。

人生において、抜本的かつ急激に変化を加えようと努力しても、継続できずに終わることがあまりにも多い。

これは耳の痛い話です。偉人伝や成功者の本を読んだ後は、こういう状況に陥りやすいのではないかと思います。

アーネルの手法は、こういう急激な変化を進めるものではありません。あくまで自己というものの違った側面__アップデートされたバージョンを発見することです。

今までどおりだけれど、少し改善されたバージョンのあなたというブランドを、未来の自分としてイメージしてみてほしい。

本書が示す「シフト」というのはこういう事です。マニュアルシフト車のギアを変えるように、クラッチを踏んでシフトレバーを一段上に上げる。速度が乗ってきたらもう一段上に、さらに上に、・・・。

自分の姿勢や、考え方や、行動にちょっとした進展を与えていくという方法は、「他の誰かになる」方法とは違います。早く走れる別の車にあこがれるのではなくて、今自分の乗っている車でも速く走れる事を自覚して、徐々にギアを上にシフトしていく。継続性のある自己改革とはこのようなものでしょう。

3つのツール

と、書きましたが、それを実行するのはそう簡単な事ではありません。まったく無理な事ではないにしろ、変化を嫌う(惰性を好む)人間の性質的にいって、なんらかの圃場的なアプローチが必要になってきます。

本書ではそのためのいくつかのマインドセットが紹介されています。今回はその中から印象的な3つを紹介します。

  • 「トラになる」
  • 「ヘリウムでいこう」
  • 「ファンクラブを設立する」

「トラになる」

「トラになる」とはマスクをかぶってランドセルを寄付するというのではなくて、自分自身に立ち返る事を意味しています。

長年マジック・ショーに「出演」していたホワイトタイガーが、トレイナーにかみついた時のエピソードの中で、著者がライフスタイルの導師と仰いでいるクリスの言葉が次のようなものです。

「そのトラは、気が狂ったんじゃない」とクリスは続けた。「そのトラはトラになったんだ!」

人は誰しも「役割」を演じようとします。身の回りを「こうでなければならない」と思い込んでいるもので固めてしまいます。しかし、それは本当に「自分」でしょうか。

「トラになる」というのは、自分自身の中核的な事柄に集中し、自分自身の人生の主導権を取り戻すことです。

そういう事をしようとするとホワイトタイガーと同じように周りからは「少々変わったやつ」「クレイジー」と見られるかもしれません。逆に言えば、そういう評価があるのならば、「トラになれ」ているということでしょう。

「ヘリウムでいこう」

「ヘリウムでいこう」は次の文章でまとまっています。

「ヘリウムでいこう」とは、起き上がって空中に自由に浮かび、問題や心配事を飛び越し、行けるところまで高く上がり詰めるということだ。ヘリウムでいくことは、自分の中にある自由の感覚を捉え、自分ができると思っているよりもさらに先に行くことだ。

目標を掲げたら、それに合わせてモチベーションも高まります。少々の困難をも乗り越える力になります。

ゴルフのスイングではインパクトの瞬間に最大限の力を出そうとするよりも、インパクトの少し後ぐらいの瞬間が最大になるように意識すると効果的に力を出せる、という話があります。

それと同じで「自分ができると思っている事」を目標にしている間は大した力はでません。「難しい」と感じている事に挑戦し、湧いてくるエネルギーや創造力を活用するというのが「ヘリウムでいこう」の考え方です。

「ファンクラブを設立する」

「ファンクラブを設立する」とは、自分の進歩を約束し、成果を共有できる人々とつながる、ということです。現代ではソーシャルネットワークを使う事で、今までよりは比較的容易にこれを作る事ができるでしょう。

自分はこうする!と宣言して、誰からがそれにいいね!ボタンを押したら、感覚的にそれでファンを一人獲得したことになります。

成功しようと思ったら、自業自得になるような罠を仕掛ける必要があると、私は自覚していた。

ソーシャルネットワークの中で何かを宣言してしまうと、そこに見えない強制力が発生します。それは他人への宣言であると共に、自分への約束でもあります。心の底から、こうなりたいと、というものがあるならば、それを宣言し共有してしまうことです。

その方向性を同じくする人は(フォロー関係になっている人ならば同じ可能性は高い)きっと程度の差はあれ「ファン」になってくれるでしょう。いちいち実例は挙げませんが、今の日本においてもSNSを使いリアルだけでは実現し得なかった事を成し遂げている人は多くおられます。

助けを求めることは、弱さを見せることではない。むしろ、強さを称えることだ。

これは自己改革だけではなく、SNSを活用していく上で心がけておいた方がよいことです。

さいごに

本書を読んでいて、まっさきに思い浮かんだのは『仕事は楽しいかね?』です。

  • 「明日は今日と違う自分になる」
  • 「あらゆるものを変えて、さらにもう一度変えること」
  • 「あるべき状態より、良くあること」

こういったセリフは表現は違うものの、根本に流れているメッセージには本書と同じにおいを感じます。『仕事は楽しいかね?』が好きな人なら、きっと楽しくあるいは熱く読める一冊だと思います。 


▼合わせて読みたい:

サイドバーのランキングにのっている本を紹介するのもなんですが、記事中で触れたので一応。

小難しいことは一切書いていないのに、とても示唆の多い本です。改めて読み返してもすごい本だと思います。

彼らはね、他人を凌駕する人材になろうとしているけど、それを他人と同じような人間になることで達成しようとしているんだ。

問題は、平均より上の人があまりに多くて、みんな普通になってしまっているってこと

だったら、「トラになる」しかないですね。


▼編集後記:
倉下忠憲
 現状特に宣伝することもなく、家で(あるいはカフェで)ぱたぱたと原稿を書いているだけなので、編集後記に書く事なくて若干困ります。最近いろいろなカフェを巡業しているのでその辺についてでもポチポチ書いてみましょうか・・・・。


▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。