今回は072と073を。今回は「勉強」にまつわる二冊を。
- 『勉強の哲学 来たるべきバカのために』(2017)
- 『メイキング・オブ・勉強の哲学』(2018)
『勉強の哲学 来たるべきバカのために』
本書は勉強論の本でもあり、哲学の本でもあります。でもって、もっと多様な読み方を許容する本でもあります。
さしあたって、ここでは本連載との関連として「勉強論」に注目してみましょう。なぜなら、この「勉強」は、study であり、つまりは「研究」を含意していると考えられるからです。知的生産活動は、研究活動でもあるのですから、この二つには共通項があります。
ちなみに、梅棹忠夫は『知的生産の技術』の中で、「ようするにこの本で扱っているのは一種の勉強の仕方なのだ」と述べています。やはり「勉強」なのです。
では、本書における「勉強」とは何でしょうか。簡単にいえば、変身することです。自分を変えること、自分が変わること。そこにあるのは、よく思い描かれるような「知識を増やしていく」イメージではありません。むしろ、その知識を貯えている容器そのものが変じて、別種の器へと移り変わっていくようなイメージです。
このイメージはきわめて大切です。なぜなら、勉強した結果どうなるのかは事前にはわからないからです。なにせ、変身した後の自分が何を良いと思い、何を良くないと思うのかが判然としません。仮にAからBへと向かったとしても、Bから次のどこに向かいたくなるのかはAの時点では見通せないのです。
このプロセスは何かに似ています。そう、文章を書くことです。
文章を書いていると、ときどき思いもよらなかった結論に着地することがあります。文章を書きはじめた時点の自分では見通せない場所に到着するのです。当然、その到着点は、新たな出発点となります。
ここに再帰的なフラクタル構造を見てとることも可能でしょう。私たちは、文章を書くことで、つまりは小さな知的生産を行うことで、少しずつ違った考え方を獲得していく。そして、そうした活動を長期的に続ける中で、研究=勉強が前進していき、私たちは違った私たちへと変じていく。
「こういう自分になろう!」と目標を掲げて勉強するのはとても良いことです。しかし、結果としてそうした勉強を続けた後の「自分」は、スタート時点では思いもつかなかった自分になっていることがあります。たぶん、それは希望と呼べるものでしょう。
『メイキング・オブ・勉強の哲学』
上記は「勉強論」の本ですが、こちらはがっつりと「知的生産の技術」の本です。もう少しいえば、知的生産の舞台裏を赤裸々に開示してくれている本です。この手の話題が好きならば、ごく単純に読み物として楽しめるでしょう。Twitter、手書きノート、WorkFlowy、Evernoteといったツールの話が出てきます。
それに加えて、どのように執筆のプロセスが進められたのか、という話も語られます。最近は、こういう話を表立ってする「知的生産の技術書」が少なくなっているので、現代的な知的生産の技術に触れるならば本書はまさに最適な一冊でしょう。
その中でも重要な点は、有限化(あるいは諦め)の観点です。たとえば、以下のような文章があります。
アウトラインを細かく書いた結果、あるアイデアを諦めるに至るというのはよくあることです。
ようするに、要素を具体的に検討した結果、その要素を使わない決定が下された、ということですが、逆に言えば、アウトラインを細かく書かない段階、つまり頭の中だけにある状態ではなかなかそれを使わない決断が下せない、ということでもあります。
現代では、情報は集めようと思えばいくらでも集められます。しかしながら、情報を詰め込めば良い本になるわけではありません。どこかで「捨てる」判断が必要になるのですが、その一つの方法としてアウトラインを細かく書く(そして、そこから考える)があるわけです。
別の言い方をすれば、「まとめようとしない限りは、捨てられない」と言えるかもしれません。なぜなら、まとめようとしていない段階では、捨てるための基準が確立されていないからです。では、その捨てるための基準はどのように確立されるかといえば、「まとめるプロセスを進めながら考える」という非常に泥臭いやり方になります。スマートな「事前に基準を決めておき、それで選別する」というやり方は使えません。
なぜでしょうか。それは、文章を書きながら、少しず自分が変身していくからです。わからないことがわかるようになり、わかっていると思っていたことがわからないようになります。視点は上下し、カメラはズームインとズームアウトを繰り返します。その中で、「これだ」と思うようなピントを決めて、それに合わせて要素を選別し、調整していく過程が知的生産では欠かせません。
「True Love Never Runs Smooth」という言葉がありますが、知的生産も同様です。そのことは、こうしてフレーズ的にまとめるよりも、実際の知的生産過程を覗いて見るのが一番理解できるでしょう。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。メルマガ毎週月曜配信中。