今回は044を。この分野では定番の一冊です。
- 『日本語の作文技術』(1976年)
『日本語の作文技術』
本書もまた、これまで紹介してきた本と同じく「仕事用」の作文技術を対象としています。つまり、文芸的な文章ではなく、実務的な文章です。そうした文章においては、とにもかくにも「読む側にとってわかりやすい文章を書くこと」が大切だと著者は説きます。その通りでしょう。
非常に残念ながら、「うまい文章」を書くためには、センス(感覚)が多少なりとも関係してきます。ある種の美的感覚です。一方で、「わかりやすい文章」を書くために必要なのは技術であり、だからこそ誰にでも学習可能なはずであると著者は考えています。本書が目指すのは、そうした技術──わかりやすい文章を書くための技術──の獲得です。
大切なのは、わかりやすい文章を書くことは一種の技術である、というこの認識でしょう。素朴なアドバイスとして語られる「話すように書く」や「見たままに書く」は、その通りに実践すればたしかに文章をすらすらと書くことはできるかもしれませんが、でき上がる文章がわかりやすさを備えている保証はどこにもありません。というか、もし本当に話すように書いたら、読み手にとって支離滅裂な文章ができあがるでしょう。
会話で言葉を使うこととと文章で言葉を使うことは、基本的に別物である、という認識が作文技術のスタートになります。
基本的な文法と言葉の使い方
そうした認識を踏まえた上で、本書は基本的な文法と言葉の使い方が紹介されます。
- 修飾する側と修飾される側
- 修飾の順序
- 句読点のうちかた
- 漢字とカナの心理
- 助詞の使い方
- 段落
どれも文章を書く上で注意しておきたい要素です。私もこの文章をここまで書く中で、少なくとも4回は最初にうった句点(「、」)の位置を調整しています。その些細な要素が、文章の読みやすさに微量ながらも影響を与えるからです。そして、その「微量」は文章全体を通して積み重なります。積分されるのです。
きっと上記の要素のどれをとっても、会話中に注意を向けることはないでしょう。なんとなく単語を並べているだけでもそれなりに言いたいことが伝わるからです。しかし、文章の場合はそうはいきません。ときに神経質に思えるくらいの注意が、文章の読みやすさやわかりやすさに影響を与えます。
文章のアンチパターン
本書が面白いのは、上記のような基礎的な要素だけでなく、文章のアンチパターンも提示されている点です。たとえば、以下のような文章が「無神経な文章」として列挙されています。
- 紋切型
- 繰り返し
- 自分が笑ってはいけない
- 体言止めの下品さ
- ルポルタージュの過去形
- サボり敬語
これまた大切な要素です。特に最初の二つ──紋切り型と繰り返し──には気をつけたいところです。
「紋切型」とは手垢のついたフレーズを使い回す行為を指しますが、その何がいけないのかと言えば、著者が「考えて」いない点にあります。環境問題に触れる個所では「温暖化を止めよう」と述べ、ハラスメント問題では「規制で禁止せよ」と述べる。もちろん、そうした主張の内容に問題があるわけではありません。ただ、「それって自分で考えて出てきた意見なのか?」と疑いたくなってしまうのです。あたかもどこかのデータベースからコピペされたような印象を受けます。大学生が論文をコピペで書き上げることが問題視されていますが、部分的に見ればそれと同じことをしているわけです。ようするに手抜きなのです。
次の「繰り返し」は、同じ単語を何度も使ったり、同じようなフレーズで文末を締めくくったりする行為のことです。これは手癖で文章を書いているときによく起こります。たしかに、あまりに同じ文末が続いていると読む際につっかかることがあるので、避けられるなら避けた方がよいでしょう。
とは言え、「繰り返し」に関しては文章を書いているときにはあまり気にしない方がよさそうです。そういうことをいちいち気にしていると、いっこうに文章が進まなくなるからです。一度文章を書き上げ、それを推敲していくときに表現を改めていくやり方で整えるのがよさそうです。
さいごに
本書の前半は、冒頭に書いたとおり誰にでも習得可能な「技術」が語られていますが、後半になるとややセンス的な要素が出てきます(本書内でもそのように指摘されています)。たとえば、「繰り返し」や「自分が笑ってはいけない」は、かなり感覚的な要素だと言えるでしょう。
なぜ、こうした感覚の話が出てくるのかと言えば、「実務的な文章」と「芸術的な文章」は完全に区分できるものではないからです。むしろ文章の「有り様」は、グラデーション状に連続しています。よって、実務的な文章を書くときにも、感覚的なものが影響を与えますし、芸術的な文章を書くときにも技術的なものが影響を与えます。
そう考えると、技術を身につけ、感覚を磨いておくことは、「何かしら」の役には立ちそうです。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。メルマガ毎週月曜配信中。