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デジタルノートとしてのScrapbox/Obsidian


倉下忠憲

前回は機能てんこ盛りのデジタルノートであるNotionを紹介しました。

今回は、コアなファンが多いScrapboxとObsidianを紹介します。

Scrapbox – チームのための新しい共有ノート

Obsidian


ネットワークベース

ScrapboxとObsidianは、「ネットワーク」をベースとしたノートテイキングツールです。別の言い方をすれば、「リンク」を主体として情報構造を構築していけるツールです。

どういうことでしょうか。

たとえば、以下は私のScrapboxの一ページです。

本文中に青字になった箇所がいくつかあります。それが「リンク」です。このリンクは、私が書いた別のページへとつながっています。たとえば、『How to Take Smart Notes』の青字をクリックすると、そのページにジャンプします。

このように、「リンク」によって、「Zettelkastenメソッド」というページと「『How to Take Smart Notes』」というページがつながりを持っているわけです。そのつながりが「情報構造」の一端をなします。

逆に言えば、Scrapboxにはこの「リンク」以外に情報構造を構築する要素がありません。Evernoteではノートブック/スタック、Notionではワークスペースといった大分類を作り、その中でさらに中分類以下を構築していくわけですが、Scrapboxではそうした形の情報構造は存在しません。情報は、ただ他の情報とつながっていくだけです。

これはアナログのノートでは、なかなかイメージしにくい要素でしょう。むしろ、情報カードの方が近しいと言えます。

分類しない整理

梅棹忠夫の『知的生産の技術』で紹介されているカード法は、簡単に言えば情報や着想を一件一枚でカードに書き、それを箱に並べていく、という手法をとります。その箱の中では、カードはただ一列に並んでいるだけであって「中分類」や「小分類」といったものは存在しません。

そんな状態ではぜんぜん「整理」できていないだろうと思われるでしょうが、梅棹はそれについてはっきりノーと答えています。むしろ旧来の「整理」は、新しく情報を生み出していく上で有害であるという旨を述べています。

これまでに存在しなかったつながりを見いだすことが発想では重要で、ということは「中分類」の垣根を越える情報のつながりが生み出せることが鍵を握ります。だったら、その「中分類」そのものをなくしてしまえばいいのです。

あまりに乱暴に思えるでしょうが、しかし考えれば考えるほどそれは真理のように思えます。そして、実際にやってみるとたしかにそれは機能します。万人向きかはともかくとして、「中分類」などなくても知的生産は行えるのです。

それとまったく同じ考え方がScrapboxやObsidianでは使えます。むしろ、デジタルであるからこそ、その力を十全に発揮させられると言えるかもしれません。

身の回りの情報の雑多さ

「なるほどわかった。でもそれは発想の話であって、他の情報を扱う場合は違うだろう?」と思われるかもしれません。たしかに、扱う情報が顧客データベースのように「きちんと」固まっている場合であれば、上記のような性質は不要でしょう。

しかし、私たちの身の回りに生じる情報は、はたしてそんなに「きちんと」しているでしょうか。もっと雑多で、もっと多様で、もっと気まぐれではないでしょうか。そうしたつかみのどころのない情報をデータベース的に扱おうとするとすぐに機能不全に陥ります。

あるいは、大分類を作って中分類を作って小分類を作って、と「小分け」にするやり方も同様です。そういう分類は、保存する情報が一定量を超えると、ほぼ破綻します。分類に従って情報が発生するわけではないからです。

私たちの身の回りの情報であるほど、非データベース的であったり、非階層的であったりする点は注目に値します。そうした情報を「きちんと」扱えれば、気持ちがすっきりすることは間違いありません。でも、もし「きちんと」整理しなくても、情報が使えるならば、そちらの方がうれしいのではないでしょうか。

ググれば見つかる

たとえば、「攻殻機動隊」という作品の噂を聞いて、へぇ~面白そうとだと思ったとしたら、まず何をされますか。そうですね。「攻殻機動隊」という言葉でググる(Googleを検索する)でしょう。

その後、検索結果として上がってきたページをあたりをつけていくつか読み、「ふむふむ」と納得して一旦情報収集を終えられるか、いつのまにかWikipediaの沼に引きずり込まれるかはさておき、目的の情報を取得する行為は「攻殻機動隊」という文字列で検索するだけで達成できています。

非常に面白いのは、そうして読みあさるWebページの「情報構造」を私たちは意識していない点です。どのサーバーのどのフォルダの中に置かれているのか、あるいはそのさらにサブフォルダにあるのかといったことはまったく気になりません。単に、並列に並んだ検索結果から、必要な情報を見つけているだけです。

つまり、中分類など必要ないのです。

もちろん、Webサーバーの中でファイル/フォルダは階層的に管理されてはいるでしょう。でも、それを使うときに、利用者がその階層構造を完璧に把握している必要はぜんぜんありません。情報が電子的につながっている(リンクされている)のならば、そのリンクをたどりながら、人は情報をたぐり寄せることができます。それがデジタル情報の圧倒的な強みです。

二つのツールの違い1

ScrapboxとObsidianは、その「リンク」ベースに情報を整理していきます。あるいはそれはもう旧来の「整理」とはかなり異なった概念なのかもしれません。適切に分類することではなく、適切にリンクすることで、情報を使えるようにすること。それが、デジタル時代の情報整理です。

どちらのツールを使っても、ほとんど同じコンセプトで使っていけますが、しかし二つのツールには大きな違いもあります。

まずScrapboxは、クラウドツールであり、基本的にブラウザから利用することになります。つまりインターネット接続が最低限必要です。逆に言えば、インターネット環境があれば端末を(あまり)気にせず使っていけます。

一方、Obsidianは、ローカルツールです。自分のパソコンにインストールして利用し、情報はそのパソコンのファイル(.mdファイル)として保存されます。iCloudを使えば、モバイル端末との同期も可能ですが、より広い同期環境を求める場合は有料のオプションに加入する必要があります。

この違い、つまりクラウドかローカルかは、人によっては大きな違いとなりそうです。職場の制約によってクラウドツールが使えない、という場面もあるでしょうし、ローカルにファイルなんて置いておきたくない、という信条もあるでしょう。どちらがよいかというよりは、自分がどちらを選びたいのかで決める必要があります。

二つのツールの違い2

もう一つの大きな違いが、マークダウン記法との親和性です。

Obsidianではマークダウン記法が使えますし(そもそもマークダウンエディタです)、Scrapboxではまったく使えません。

これもかなり好みの問題ですが、過去の自分のデータがマークダウンで書かれている場合はObsidianの方が親和性が高いでしょう。また、求めている成果物が静的なドキュメントである場合も、マークダウンが使えるObsidianがやりやすいように思います。

一方で、情報カード的に記述する場合は、その記法の有無はほとんど問題になりません。一枚に一項目しか書かないので──マークダウン記法の最大の魅力である──「見出し」を使わないからです。

むしろ、「#」の数によって見出しの深さを制御するマークダウンに比べて、インデントでそれを制御するScrapboxでは、「下位にあった話を一気に上位に移動させる」ことが容易に可能です。つまり、静的で固まった情報を記述するというよりも、それよりも手前の「アイデア・議論・検討」段階の情報を扱う上では、マークダウン記法の見出しはやや邪魔になるのです。

二つのツールの違い3

最後の違いが、使用する人数の想定です。

Obsidianは基本的に、ひとりでの利用が想定されています。ファイルを他の人と共有すれば、複数人での編集も可能ですが、あまり実際的ではないでしょう。

一方Scrapboxは、チームでのユースが念頭にあります。個人でも使えますが、複数人で使ったときにより面白さが拡大するツールなのです。

それと関係することですが、Obsidianは外部に公開するために有料のオプションが必要となりますが、Scrapboxではむしろ公開がデフォルトです。個人利用や非営利活動での利用であれば無料で非公開のプロジェクトも作れますが、公開プロジェクトではそうした制約はありません。「よい情報があるならば、共有しようぜ」という誘いを感じさせる料金設定です。

これも好みや信条の問題ではありますが、「知的生産」はどこかの時点で他者に向けて開かれる必要があることを考えれば、Scrapboxの方がより「開かれている」とは言えるでしょう。

さいごに

以上のように、ScrapboxとObsidianでは似ている機能がたくさんあるのですが、ベーシックな部分では大きな違いがあります。その違いを吟味してツールの選択をしてみるのがよいでしょう。

どちらを選ぶにせよ、これらのツールは基本的に「アナログのノート」の使い方とはかなり違ってきます。Notionが「アナログノートが好きな人にとって最高のデジタルノート」であるとしたら、この二つのツールはそうした人たちに大きな違和感を感じさせるツールではあるでしょう。しかし、まさにその違和感こそが、新しいツールが持つ可能性でもあるのです。

ですので、まずは「使わず嫌い」の気持ちを抑えて、素直にツールを使ってみるのも一手だとは思います。

というわけで、主要なデジタルノートツールをいくつか紹介してきました。正直に言って、新しく頭角を現しつつあるツールは他にもまだまだあって、ぜんぜん紹介しきれてはいません。その辺はまたそうしたツールが得意な人に語っていただければと思います。

次回はまとめとして、この連載全体を振り返ってみましょう。

デジタルノートテイキング連載一覧

▼編集後記:
倉下忠憲

いよいよ年末が迫ってきました。でもってこの連載も終わりが近づいてきました。来年はまた別の連載を考えておりますのでお楽しみに。


▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。メルマガ毎週月曜配信中