デジタルノートにおいて、スケールの問題は避けては通れません。情報を一つ保存することと、10個保存すること、100個保存すること、1000個保存することは、同質ではありません。もちろん1万個保存することもそれらとは異なっています。
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しかし、1ワンクリックでぽんと保存できてしまうデジタルツールでは、その「重み」がまったく知覚されません。単に増やすだけなら何の労苦もなく増やせてしまいます。結果、スケールの変化によって起きるデジタルノート上の変化に気がつけないのです。
スケールによる使い勝手の変化
情報が一つしか保存されていないなら、そのデジタルツール=その情報です。複雑な思考は要りません。10個程度まで増えても、ノートのリストは「一覧」できます。把握も容易いでしょう。
やがて100個になると、一覧は不可能となりスクロールが要求されます。全体像の把握は、集合の作成が必要でしょう。ノート数10個程度のグループを10個作れば、そのグループは「一覧」できます。また、特定のキーワードで検索した結果は、せいぜい5〜10個になるでしょうから、その結果も「一覧」で事足ります。
ややこしくなるのはここからです。1000個程度になると、全体像の把握がままならなくなります。10個のグループは100個作れてしまうので、それをさらに10のグループ分けする必要があります。つまり、階層化です(100個のグループを10個作っても結局は同じです)。
ここまで数が増えると、全体を一覧し、それを把握するのは困難を極めます。スクロールの量も膨大になり、作成したグループも「一目」では一覧できなくなります。
その傾向は1万個レベルにおいて極まります。グループ管理は複雑化し、スクロールは無限に続くように思われ、特定のキーワードで検索したときに100個以上の結果が返ってくることも珍しくありません。一般的な用語であれば、ジャンルの異なる雑多な結果が返ってくることも多々あります。
落ち着いて考えて欲しいのですが、ノートが100個の状態でうまく管理できる方法と、ノートが1万個の状態でうまく管理できる方法は等しいと言えるのでしょうか。たとえばそれは社員が100人の企業と、1万人の企業で適切なマネジメントがまったく等しいと考えるくらいに無謀な思考であると感じます。
具体的にイメージすれば、10年利用してノートが1万を超えているユーザーが作るグループは、そのツールを使い始めて1年しか経っていないユーザーの全ノートよりも多いノートを含むことすら珍しくありません。Evernoteで言えば、歴戦のユーザーの1ノートブックは新参ユーザーのノート全体(つまりEvernoteそのもの)よりも巨大になりえるのです。それだけの違いがあって、両者がまったく同じであると考えるのは、さすがに無理があるでしょう。
基本的にデジタルノートでは情報を蓄積し続けられることがメリットになるのですから、そうした「自分のデータベース」が経年と共に巨大化することは念頭においておいた方が良いでしょう。
水槽がやがて池に
先ほど出てきたEvernoteは、最強のデジタルノートの一角といって間違いありませんし、Webクリップ能力に関してはいまでもずば抜けた使い勝手の良さを持っています。Evernoteが出始めた頃は、その機能がたいへん重宝されました。
たとえばGoogleで一般的な用語で検索してしまうとあまりにひっかかる情報が多すぎて求める情報にたどり着けないことが少なくありませんが(今だと日本の軍艦の名前がそうです)、一度Evernoteに取り込んでおけば、次からは「自分の文脈」で情報を検索できるようになります。
これは、Webという大海から水を掬ってきて自分用の水槽を作るようなものです。いちいち大海に船を出して網をひっかけることなく、水槽から直に情報を組み上げられるのは極めて便利でしょう。
しかし、五年経ち、十年経ちと年月が増えていき、何も考えずポチポチとWebクリップを増やしていけばどうなるでしょうか。
リアルの水槽ならば水を移し替える必要がありますが、デジタルノートはそんな心配はありません。どれだけ量が増えても、いっこうに気にすることなく引き続き気楽に情報を保存していけます。すると、水槽が浴槽になり、浴槽がため池になって、最後には立派な池ができ上がります。
たしかに海で何かを探すことに比べれば、池の方がマシではあるでしょう。しかし、琵琶湖サイズなら、小さな人間にとってはほとんど海と変わりありません。効率性が著しく落ちるのです。
いかなるルールがそこにあったのか
それに拍車をかけるのが、経年によるルールの忘却です。
長く情報を保存していけばいくほど、昔のことは忘れ、また多様な情報を保存するようになります。すると、かつて自分がどのような規則でノートを保存していたのかを忘れてしまうのです。タイトルの付け方、タグの付け方、ノート内の情報によるグループ(ノートブック)の仕分け方が失念されます。
それで何が困るかと言えば、検索をして情報を探すとき大きな手がかりが失われる点です。「こういうノートにはこういうタグを付けている」というルールを知っているからこそ、「こういうノート」を探すときにはこのタグを辿れば良いと判断できます。ルールが忘れられるとそうした検索はまったくできません。
もちろん、ノートの数が多ければ、目視で探すことも難しいでしょう。場合によっては、キーワードで大ざっぱに検索しても1000件の結果が返ってきます。そこから情報を探すような地道なことをするためにデジタルノートを使っているのではありません。
また、ルールを忘れると、勝手に分岐が発生することもあります。ルールを忘れたために新しく保存するときに新規でルールを設定してしまうのです。この場合でも、後から情報を辿るのが極めて難しくなります。
こうした問題はツールを使い始めたばかりの頃は起きませんし、仮に起きたとしてもノートの全体が小さいので、「目視でなんとか」という力技が効きます。しかし、1万のノートで同じことができるでしょうか。
少し脅しめいた言い方になりますが、これからデジタルノートを使い始めるときは、まずそのことを考えておいて欲しいのです。今と同じやり方(グループ作りやタグの設定)で、ノートが10倍に、あるいは100倍になったときでもやっていけるか、と。
大量のグループの下に、さらに大量のサブグループがあって、その下にもあまたのサブサブグループがある……そんなものを「管理」してやっていけるだろうか、と。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。メルマガ毎週月曜配信中。