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仕事における“椎間板”

大橋悦夫現在進めているある連載記事の仕事では、1つの原稿を完成させるまでに2つの締め切りがあります。

  • 1つめの締め切りで求められる成果物:その原稿で書こうとしている内容についての箇条書きメモ
  • 2つめの締め切りで求められる成果物:完成原稿

原稿1本を書くのにかかる時間はだいたい見えているのですが、仮に必要な時間が確保できていたとしても筆が進まないことがあります。「完了させなくても良い仕事」で以下のように書いた通り、

鬼門である「取っ掛かり」をクリアする上では「やらなくては」という追っ手が迫ってくる前に、先行スタートを切れた方が“レース”を有利に運ぶことができます。

まだ余裕があるうちに「どれどれ」という感じで仕事を“つまみ食い”してみることで“下見”ができます。

書き始めるうえでの「取っ掛かり」がカギになるわけです。

「わかっている」を「見えている」に変える

その仕事を進めるために確保しておいた時間が来ても、書くべき内容が決まっていなければ、想定した時間通りに書き上げられるかどうかが怪しくなります。

先ほど「原稿1本を書くのにかかる時間はだいたい見えている」と書いたのは、書くべき内容が決まっていることを前提にしています。

料理人であれば、必要な食材が揃っているところから調理を始めて完成させるまでの時間ということになります。

つまり、食材を調達するのにかかる時間は考慮に入れていないため、このことを忘れていると、“まな板”の前で「さて、何をどう料理したものか?」という、手を動かすこと以外の作業に時間を取られることになってしまいます。

手を動かすこと以外の作業時間とは、言うまでもなく考える時間です。

料理人であれば必要な素材が揃っていない状況であり、目の前でお客さんが待っているのに「なすすべもなく立ちつくすの図」。

もちろん、現実にはこのようなことは起こるはずもなく、事前に仕入れを行っているでしょう。仕入れをしておかなければ、「厨房に素材なし」という明らかな異変が起こりますから料理人でなくても気づくはずです。

でも、書く仕事における“素材”は、目に見えません。

それゆえ、何となく頭の中で書こうと思っていたネタがあったとしても、実際に書き始めてみたら思ったようには書き進められなかった、ということが起こりえます。

そうならないためにも、自分では十分にわかっているつもりの“素材”であっても、一度言葉や図にしてアウトプットし、さらに自分以外の人にも見てもらうことによって、初めてそれが本当に原稿の素材として使えるものなのかどうかが見えてきます。

文章を書く仕事に限らず、我々の周りには目に見えないものを使って目に見えるものを作る仕事がたくさんあります。

まるで手品のようですが、不思議なことに誰もが当たり前のようにこなしています。企画書にしても、Webサイトにしても、グラフィックデザインにしても、アプリケーションソフトウェアにしても、いずれも何もないところから忽然と現れて来るように見えます。

それは経験のなせる技という側面もありますが、特に目に見えないままでやらなければならないという制約があるわけではないでしょう。

その証拠に、仕様書や設計書やフローチャートなどなど、目に見えない素材を“見える化”させるツールはそれぞれの現場に必ずあるものです。

締め切りと締め切りの間の緩衝剤

麻雀に盲牌という、麻雀の牌を見ずに指でなぞっただけでその牌の絵柄が何かを判別するテクニックがありますが、麻雀をする上でこのテクニックは特に必要というわけではありません。目で見た方が早いですし正確です。

麻雀の場合は、

  • 1.牌を引いてくる(ツモってくる)
  • 2.引いてきた牌と自分の持っている牌とを見比べる
  • 3-a.引いてきた牌を手持ちに加える代わりに持っている牌を1つ捨てるか、
  • 3-b.あるいは、引いてきた牌をそのまま捨てる

という手順を繰り返して役を完成させます。

これを書く仕事に当てはめれば、

  • 1.書くべきネタを考える
  • 2.考えたネタと自分の持っている知識や経験と見比べる
  • 3.考えたネタを既存の知識や経験にブレンドするか、そのままボツにする

という手順を繰り返して文章として完成させます。

この手順を考えるとき、特に2の「考えたネタと自分の持っている知識や経験と見比べる」というステップでは、頭の中だけで考えるより、それを目で見ながら文字を追いながら手を動かしながらの方が、より多くの刺激が得られ、新たなアイデアを呼び込む門戸が開かれますし、思考の堂々巡りを防ぐこともできます。

頭の中だけで「よし、これで書こう」と意気込んで書き始めることは、盲牌で麻雀を打つようなもので、見た目はスマートかも知れませんが、思い違いや勘違いにより、最終的に文章として完成させる時にうまく“絵柄”が揃わない可能性も出てきます。

それゆえ、冒頭に書いたように「書こうとしている内容についての箇条書きメモ」を半ば強制的にアウトプットさせてもらえることは、書く側にとっては実にありがたいことと言えます。

もちろん、原稿を依頼している側からしても、事前にどのような“料理”が上がってくるのかの見当をつけられるため、完成してしまってからでは難しくなる修正を、早い段階で指摘することができるというメリットがあるでしょう。

「箇条書きメモ」のような「完了させなくても良い仕事」は、人間の背骨と背骨にある椎間板のようなもので、硬い骨と骨の間で動きを滑らかにする役割、すなわちカッチリとした締め切りと締め切りの間の緩衝剤として役に立っていると言えそうです。

身体の関節だけでなく仕事の関節も柔らかくしたいですね。