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面白く本を読むための読者術

倉下忠憲「面白く本を読むための読者術」について、これから何回かに分けて書いていきます。



いいえ、誤植ではありません。「読書術」ではなく「読者術」で合っています。

読書術から読者術へ

「読書術」という表現、もう少し言えば「読書」という表現には一定の含みがあります。

夏目漱石を読むのは読書でしょうか。これは読書でしょう。ではライトノベルを読むのはどうでしょうか。これもギリギリ読書かもしれません。では、漫画を読むことはどうでしょうか。これはあまり読書にはカテゴライズされません。少なくとも、「読書術」という文脈には、漫画を読むことは入ってきません。

「読書術」という表現では、疎外されているものが少なからずあります。これは少し悲しいことであり、残念なことでもあります。

一方、読者はどうでしょうか。

なんと、夏目漱石でもライトノベルでも漫画でも、それを読む人は皆「読者」です。なんなら新聞だって、雑誌だって、ブログだって加えて良いでしょう。「読者」という言い方は、メディアの垣根(あるいは権威的な縦割り区画)を簡単に飛び越えます。

だからこそ、「読者術」なのです。

体験を調理する

別の視点もあります。

本の著者は、さまざまな資料や着想を素材として使い、一冊の本を書き上げます。読者は、その本を受け取ります。その本は、読者にとっては一つの素材です。

料理について考えてみましょう。素材を活かすも殺すも料理人の腕次第です。たしかにもともと美味しい食材なら美味しい料理を作りやすいでしょうが、多少美味しさが足りない食材でも、工夫次第で美味しくすることができます。

本を読むことにも似たようなことがあります。

完成した本が読者の手に渡り、それが読まれていくとき、もはやバトンは読者に渡されています。それを面白い体験にするのも、そうでなくするのも、読者の力量次第なのです。もちろん、もともとの本のクオリティがまったく関係していないとまで言うつもりはありません。それでも、読者の関与がゼロということはありえないでしょう。

だからこそ、「面白い本を読むための読者術」ではなく、「面白く本を読むための読者術」なのです。

主体性を発揮する

本(あるいは文章)を読むという行為は、他のメディア摂取に比べて主体性が必要ということはよく言われます。テレビはボーッとでも眺めていられますが、本は字が滑って内容がまったく頭に入ってきません。読もうとする、読み解こうとする注意が働いていないと、摂取できないメディアです。

読むという行為に潜む主体性。

それをさらに強調していくと、「どのように読むのか」もまた、読者の主体性に委ねられていることに気がつきます。面白い本があるかないかではなく、本を面白く読める自分がいるかどうか、という視点の転換に至るのです。

先験的に固定された本の「価値」なるものがあり、それを受け取れるかどうかではなく、一冊の本という「素材」をどのように活かすのか。それを考えるのも「面白く本を読むための読者術」です。

さいごに

今回は、読書術から読者術からへの視点の変更について書いてみました。

たしかに読書は著者が調理した料理を味わうような側面もありますが、一方では自分がその本を調理していくような側面もあります。今回の連載は後者に視点を置きながら書いていくつもりです。

さまざまな話題について書いていくと思いますが、少なくとも、これだけは言えるでしょう。

読者は無力な存在ではない。

読み手は、本を読むことに、あるいは本を読む体験に直接的な影響を与えられます。これが本連載の背骨となってくるでしょう。

▼参考文献:

参考文献というのではありませんが、もっとストレートに読書術について書いた拙著です。こちらも面白いと思います。

» ソーシャル時代のハイブリッド読書術[Kindle版]


▼今週の一冊:

たまたま手に取ったのですが、さすがに歴史に名前を残している方だな、という印象。明晰かつ力強いです。新訳だからなのか、文章も読みやすかったです。労働力の価値に、その再生産分のコストを計上しているのは慧眼で、現在の日本の給料(特に非正規雇用の給料)はまったくこれを満たしていないでしょう。それで産業の力が維持できるはずがない、というのはよく考えて見れば当たり前のことですね。

» 賃労働と資本/賃金・価格・利潤 (光文社古典新訳文庫)[Kindle版]


▼編集後記:
倉下忠憲



現在絶賛最終校正作業中です。なんとか月末までには発売できそうな予感。それとかーそるの編集作業も進んでいます。まあ、同時にやるものではない、ということがよくわかりました。


▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。


» ズボラな僕がEvernoteで情報の片付け達人になった理由