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メモすることに馴染むための「ミニマム・メモ術」

By: Jacob BøtterCC BY 2.0


倉下忠憲メモすることの大切さは、よく説かれます。メモ術やノート術の本が人気になることもあります。

それでも、メモする習慣やノートを書く習慣をなかなか身につけられない、という話も聞こえてきます。

実行する人に忍耐がないのでしょうか。それともメモ術やノート術がポンコツなのでしょうか。

おそらくそうではないでしょう。

基本的に、どのような「習慣」であっても、新しく身につけるには苦労が伴います。特に、その行為に即効性がなければより難しくなります。こればかりはどうしようもありません。

とは言え、「どうしようもありません」で終わらせていいものでもないでしょう。

知識の習得と意義の体感

すでにメモする習慣を身につけている人にとって、メモすることの効果はあまりにも自明です。その価値はありありと実感できます。そういう人たちからメモ道具を取り上げることは、室内の酸素濃度を下げることに近しい心理的影響を与えてしまうことでしょう。

しかし、これからメモ習慣を始めようとしている人にとって、「メモする」ことの価値は実感できません。理性において理解することはできても、その効果を体感することは不可能なのです。この乖離が、ノウハウの提供において問題を生じさせます。当たり前に書いてあることが、初心者にとってはまったく当たり前ではないのです。

人は、意義を感じない行為を積極的に取ろうとは思いません。その「意義」を知識として蓄えていても、体感していなければ、やがては知識の忘却と共に行為も消えていきます。そして、習慣化の道のりも途絶えてしまうのです。

その意味において、さまざまなメモ術・ノート術は一定の役割を担ってくれます。

メモすること、ノートを書くことに直接的な意義を感じなくても、それをすることで「あのメモ術をマスターできる」「あのノート術を使いこなせる」という代替的な意義を作り出してくれるのです。これがきっかけとなりメモをとり続け、やがてはメモの意義を内在させられるようになればしめたものです。

そこからはもう、他者から提供される補助輪は不要となるでしょう。

スタートとゴールの違い

最終的には、一人ひとりが違ったメモ術・ノート術に辿り着くはずです。置かれている環境も、使えるツールも、やりやすい書き方も人によって違うのですから、それを補佐するメモ術・ノート術も違ってきて当然でしょう。

つまり、出発地点と到着地点には違いがあるわけです。

辿り着く場所は、それぞれの人が自分の使いやすいようにカスタマイズしたメモ術でありノート術です。万人に通じるノウハウは存在しないのですから、これは当たり前の結論です。

しかし、はじめから「自分の好きなようにやりましょう」と放置してしまうと、初心者にとってはかなり厳しい道のりになります。なにせその人たちはまだ「メモすること」の意義を体感していないのですから。そこを通り抜けるまでの間は、道標やガイドといったものが必要となります。それが、いわゆるメモ術やノート術にあたるのです。

誰かが提示するメモ術やノート術は、最初の段階ではそれを身につけることがゴールになりますが、実はそれは仮のゴールです。それを目標にして進んでいる間に、いつのまにかメモすることの意義が体感できるようになれば、そこから新しいスタートラインが引かれ、「自分にとっての」メモ術・ノート術の開発が始まります。

その変化は、一種のパラダイム・シフトであり、別の表現を使えば「階層を上がる」ことになるでしょう。

今まで身につけようとしてきたノウハウが、「一つの実際例」となり、その他たくさんのノウハウと共に、「自分のメモ術・ノート術」という項目の下に並ぶことになるのです。

ミニマム・メモ術

ということを踏まえた上で、一つの小さなメモ術を紹介してみましょう。

「一つだけメモツールを選び、そこに何の分類もせず、ただ時系列に思いついたことを書いていく。思いついたものが何も無くても毎日最低一つは何か書き込む。天気について書いてもいいし、愚痴を吐露しても構わない。気になっている銘柄の株価を記録してもいいし、テレビ番組の感想を書くことでもいい。ともかく、そこに何かを書く。それを最低一ヶ月続け、終わったら、書いたメモを最初から読み返す」

以上です。どうでしょうか。簡単そうではないでしょうか。ポイントは、「一つだけメモツールを選ぶ」ことにあります。

手書きのメモ帳でも、デジタルのメモツールでもなんでも構わないのですが、とにかく一つを決めてしまうこと。メモに慣れてきたらツールの分散があっても構わないのですが、スタートの段階では認知的な負荷を減らす意味でも、「とにかくこれにメモする」と決めてしまった方が楽です。

そして一度使い始めたら、少なくとも一ヶ月はそのメモツールを使い続けてください。使いにくい部分が後から発覚しても一ヶ月は我慢しましょう。その間は、たとえば「このメモ帳の、ここが使いにくい」ということをメモしておいてもよいですね。

さいごに

「ミニマム・メモ術」は、言ってしまえば、メモ術のチュートリアルです。

実際に運用していく上では、まだまだ足りない要素がありそうですが、まず「メモを書く行為に馴染む」ことに重点を置いてノウハウを構築してみました。

もしメモ習慣を身につけたいと考えておられるならば、ぜひともこのメモ術を道標としてください。

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▼今週の一冊:

タイトル通り、意識がいつ生まれるのか、どのような条件の下に生じるのか、そしてそれはいかにすれば観測可能になるかについて論じられた本です。

意識の不思議さに触れながら、それを取り扱うための「統合情報理論」が展開されています。この統合情報理論がなかなか面白いのです。人の意識を生み出す脳のネットワークの性質は、たぶん他の情報ネットワークの性質とも似通ってくるのではないかと、個人的には思いました。

語り口も柔らかく、読みやすい文章なので、「意識」について興味があるなら手にとる価値のある一冊でしょう。

» 意識はいつ生まれるのか 脳の謎に挑む統合情報理論[Kindle版]


» 意識はいつ生まれるのか――脳の謎に挑む統合情報理論


▼編集後記:
倉下忠憲



今「雑誌」を編集しているんですが、なかなか難しく、面白いものがあります。自分の本を作るのとはまったく違うアプローチが必要なので、雑誌を作る前に、雑誌を作るためのアプローチを作っている、というところでしょうか。9月〜10月あたりには発表できると良いのですが。


▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。


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