※当サイトはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています。

五分で十分書ける

「朝の5分を使ってとにかく何かを書く」という習慣を続けている。

書く内容は日々変わるし、どういうものを書けばいいのかの基準はいまだ固まっていないが、自分の中の位置づけは明確になりつつある。

それは、試作品づくり。

5分間という時間制限があるのも奏功している。5分しかない、ということは言い方を変えれば5分間で書くのをやめてもいい、ということである。

今日は時間がないから書かない、という言い訳が通用しにくく「5分やればいいんでしょ?」ということで、半ば開き直ってでも取り組むことができる。

続けてみると、この5分というのは意外と長いことに気づく。けっこういろいろ考えられるし、書いたり消したりもある程度はできる。5分でも十分に満足のいくものが書けるのである。

最初は一気に最後まで書き切るものかと思ったが(そういう日もあるが)、それだけでもない。

5分間を確実に積み上げ続けることに意味があると感じる。

inspired by:

人間の脳には、文章の途中まで書いていったんポーズボタンを押しても、また1時間後、半日後にボタンを解除すればその続きから書ける能力がある、と私は思う。もちろん、何か実証的なデータがあるわけではないのだが、いくつかこの能力の存在をほのめかす実例はある。

そのひとつが、前の項で示した「読むほうは細切れでも大丈夫」という例だ。そしてもうひとつ、診察室の中にも有力な証拠がある。それは、「診察はたいてい週一度か二週に一度だが、それでも患者さんの話はちゃんとつながる」ということだ。

とくに私の場合はすべて健康保険診療なので、どうしてもたくさんの患者さんを診なければならない。「一回2万円払ってもいいから一時間くらい話を聞いてほしい」という患者さんは自由診療の精神科医に紹介して、「医療費は安いけれどひとりにかけられる時間は5分から10分」というのが実情だ。

(中略)

つまり脳は、本にしおりをはさむようにして思考を途中で静止させ、また状況が整えば、しおりのところから本を開くようにして考え始める、という芸当ができる、と考えられる。だとすれば、5行書いていったん書く作業をストップし、また1時間後、あるいは半日後にその続きを書くということも、それほどむずかしくないはずだ。

しかし、そういったポーズボタンの機能を持った脳の働きを邪魔するものがある。それは、「そんなことなどできるわけがない」という心の抵抗だ。(p.84)


» 文章は写経のように書くのがいい