モレスキン 「伝説のノート」活用術~記録・発想・個性を刺激する75の使い方 | |
堀 正岳 中牟田 洋子 by G-Tools |
一般的なノートの活用術といえば、期待するテーマは2つです。
・ノートの適切な「とり方」について、著者は何を教えてくれるのか?
・アイデアや情報をノートしたとして、その活用方法は?
この2点についても本書はまちがいなく最高レベルの「指南」をしてくれますが、この2点の中には残念ながら、多くの人が「ノートに求める何か」が、含まれていないのです。「ノート術」に関する本を読んで、必要十分な知識を得ているのになお、満たされない気持ちが残るのは、そのせいなのです。
人が無意識のうちにノートに求めていることは情報やひらめきの記録ではないこと
モレスキンがいかに堅牢であろうと高級であろうと、もしもライフログやアイデアの記録こそが、その本質的な役割であるなら、代替えできるメモは存在します。たとえばロディア(をはじめとするメモ帳)とiPhoneとEvernoteを連動させればすみます。
その方が安上がりだとは言えませんが(と言うよりiPhone一台買うだけで、モレスキンを定期的に買うよりも高くつきますが)、その方が簡単にできることはたくさんあるでしょう。ここでのポイントはこうです。情報やアイデアの喪失を防ぐのがノートの唯一の目的であるなら、情報がデジタルツールに記録された時点で、メモは破棄できます。
人はそのようなことを、ノートに求めてはいません。予定、タスク、アイデアを書き残すことは、ノートの重要な役割でしょうが、役目を果たしたら捨てるつもりでモレスキンを買う人は、圧倒的に少数派でしょう。
人がノートに本当に求めていること
では、本書で説かれている「本当のノートの役割」とは何なのでしょう。情報やアイデアを忘れないうちにとらえること以上の、ノートが果たしうる意味とは。
本書でもそのことは、必ずしも中心テーマとして押し出されてはいませんが、断片的に述べられていることは確かです。たとえば次のような一節がそうです。
私はこれまで十数冊のモレスキンノートを渡り歩き、そこに日常の細かい情報から大切な思い出など、膨大な書き込みを残してきました。ノートを開けば、数年前から今までの仕事や出来事をすべて記憶の中で再現できるほどです。
しかし、その中でももっとも貴重なのは、家族との思い出、本を読んだときの感動、思いかげず気づくことのできたささいな発見などです。それは小さな記憶の宝石となってノートの中に鏤められた、私の人生そのものなのです。
モレスキンノートを「外部の脳」にして記憶を拡張するということは、便利なだけではなく、こうした人生の豊かさをかみしめることにもつながります。
これこそ、人々がノートに求めていることなのです。便利さを追求するのであれば、ロディアに書き残した紙片を、1日分ずつEvernoteに写していけばすみます。現に私はずっとそうしてきました。
ですが、「ノートのページにたんなる情報だけでなく、記憶そのものを置いていく」となると、そう簡単には言葉で記録しきれないのです。忘れたくない予定やアイデアならば、素早く言葉で保存するのも、ちょっとした習慣でできるようになりますが、「記憶」はそうはいきません。記憶を言葉で留めるような真似ができるようになるには、「膨大な書き込みを残す」ことがどうしても必要です。
幸いにも本書の著者は、「ノートのページにたんなる情報だけでなく、記憶そのものを置いていく」方法について、必要な記述をしています。そういう箇所を読み込むためには、「感情を記録する」「人生を保存する」「記憶の断片」「大切な思い出」といっているところを集中的に拾い読みしてみてください。一般的なノート活用術とは、全く異なる様相が浮かび上がってくるはずです。
実のところ、いくつかの「ノート本」では、本書の言っているようなことを言おうと、努力している雰囲気はあるのです。が、それらはたいてい「アナログの人間味」とか「情報の深み」といった表現に寄りかかりすぎていて、どうすれば「手帳を活用して人生を豊かにする」などということができるようになるのか、全然書かれていないのです。それどころか、そもそも「記憶そのものを置いていく」ためにアナログノートが優れているという事実すら、指摘されていません。
だから「ノートを開けば、数年前から今までの仕事や出来事をすべて記憶の中で再現できるほど」と言っているところは、とても重要なのです。著者にとってモレスキンとは、大切な記憶を心の中で再生するためのレコーダーになっているのです。
人生を記録し、人生を再生するような装置として、モレスキンを位置づけること。『モレスキン 「伝説のノート」活用術』にはその方法が解説されています。
とはいえ本書はモレスキン活用術の本であること
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以上のようなことは、本書を一読しても、必ずしも見えてこないことかもしれません。本書は、モレスキン活用をテーマとしたビジネス書、という性格をはっきりと持っています。
ですから、巻末にはモレスキンノートのラインナップが整然とまとめられ、あるいは併用すると便利なペンクリップなどがずらりと写真付きで並んでいます。
もちろん、モレスキンでGTDを実践するための具体論や、時間トラッキング、タグ付け、マインドマップ、読書ノート術なども、ぬかりなく網羅されています。これらが好きな人にはまさに垂涎ものでしょう。
それらに加えて、世界中のブロガーがどのようにモレスキンノートを活用しているか、その実例まで幅広く収録されているのです。たいていこの本を読む人は、すでに1冊以上のモレスキンを持っているでしょうが、これを機会に購入したくなる人もたくさん出てくることでしょう。
が、やはり著者が本当に望んでいることは、読者が「ノートのページにたんなる情報だけでなく、記憶そのものを置いていく」ようになることだと思います。そうなって初めて、人は「もっと新しい情報を」求めてRSSやTwitterをあさるばかりでなく、豊かな記憶のクオリアを味わうことができるからです。
『モレスキン 「伝説のノート」活用術』には、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』がちらりと出てきましたが、私にはマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の方が、本書の伝えたい雰囲気にぴったりくるのではないかと思えるのです。
紅茶にマドレーヌを浸して食べた主人公が、その味から子供時代を思い出し、記憶が記憶を呼びさまし、その豊穣な感覚に圧倒される一節は非常に有名です。ある意味でモレスキンを、紅茶に浸したマドレーヌに代替えさせようということなのかもしれません。
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