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「思い込み」があるからがんばれるのだが、がんばりすぎてしまうこともある



大橋悦夫米シリーズドラマの『24』と『ホームランド』それぞれの主人公(ジャック・バウワーとキャリー・マティソン)には共通点がある。

それは「自分がいなくなったら世界は終わる」という強烈な思い込みに囚われていること。

周りにいる人たちはみんな素直で親切なので「痛い人だな」と感じつつも最終的には「そうだね、キミ以外にできる人はいないね」と認めてくれる。

誰か他の人が代わりに世界を救うことは許されない設定になっている。

この設定がある限り、ジャックもキャリーも死にそうになることはあっても死んでしまうことは絶対にない。

そして、この設定は観ている人の感情移入を誘う。

「自分がいなくなったらこのプロジェクトはダメになる」、「他の人ではクライアントは納得しない」という思い込みがあるから。

ただし、自身をジャックやキャリーに重ね合わせる人もいれば、ジャックやキャリーを取り巻く素直で親切な同僚に投影する人もいる。

前者は「周りの連中は分からず屋ばかりだな!」とイライラし、後者は「あー、囚われている人って確かにこういう感じだよな」と納得しながら、それぞれの「箱」の中身を垣間見ることになる。

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