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原稿をかき回し続ける


unsplash-logoPatrick Tomasso

倉下忠憲コンクリートって、含まれる水が蒸発して固まるんじゃないんですよね。他の材料が水と反応して固まるらしいのです。

コンクリート(concrete、混凝土)は、砂、砂利、水などをセメントで凝固させた硬化物で建築土木工事の材料として多く利用される。
コンクリート – Wikipedia

へぇ~、それってなんだか原稿みたいですよね。

原稿は、事実・解説・引用・着想などを、著者の一貫した視点で凝固させた知的生産物で書籍仕事の材料として多く利用される。

まず集める

素材がバラバラに散らばっていたら反応など起こりようもありません。一カ所に集めます。

集め方はいろいろあるでしょう。

  • Evernoteのノートブックに集める
  • 大きな紙に材料メモをスケッチする
  • 箇条書きリストに書き並べる(アウトライン)
  • Excelで素材リストを作る

どのやり方であっても、同じ場所(≒移動を伴わない閲覧環境)に集めることがポイントです。言い換えれば、短期記憶の範囲で材料すべて(あるいはその大半)を見通せるようにすることが肝要です。

もちろん、集めるのに充分な材料が手元にない場合は、それを収集することから始めましょう。何事も下調べと勉強は大切です。

ファースト凝固

おそらく一カ所に集めただけでも、かたまりは生まれ始めるでしょう。

「これとこれは近いな」と思える要素が見つかったり、「この話はこのトピックでまとめられるな」という一つ上の階層について思いついたりすることは珍しくありません。そのような思いつきが、構成の事始めとなります。

もちろん、そのように思えたら、そのように材料を配置しなおすことが大切です。その意味で、要素を操作できるツール(動かしやすいツール)であった方がこの作業は進めやすいでしょう。

とは言え、その操作感覚は身体的なものであり、個別的(属人的)なので、「これが絶対に良い!」と言い切れるものはあまりありません。いろいろなツールを実際に使い、感触を確かめることが必要となります。

ある人はアウトライナーが使いやすいでしょうし、別のある人は付箋アプリが使いやすいでしょう。同じ人でも気分によって変わるかもしれません。ここに唯一の正解はありません。

かき回す

ファースト凝固で、全体の要素がきっちり固まってくれたらそれにこしたことはないのですが、そんなにうまい話はそう起こりません。おそらく配牌で親がアガッているくらいの確率でしょう。

となれば、何かしらの作業で凝固を進めていく必要があります。

かき回すのです。

おそらく、ファースト凝固の段階で「一つ上の階層」が生まれると、それに合わせて他の「一つの上の階層」をセッティングすることになるでしょう。たとえば「Xについて」というカテゴリが生まれた場合は、自然と「Yについて」「Zについて」というカテゴリも一緒に作る、ということです。

このカテゴリ設定は、とっかかりとしては悪くありません。むしろ適切な「第一かき回し」だと言えるでしょう(糠床に手を入れて一回ひっくり返したくらいのイメージです)。問題があるとすれば、そうして作られたカテゴリを最終的な構成だと勘違いしてしまうことです。

「Yについて」「Zについて」は、単に他のカテゴリからの要請で作られたものであり、言い換えれば全体のコンセプトからみたときの自明性は何も担保されていません。よって、他の要素を固めているうちに、どうもしっくりこないことが起こりえます。というか、頻繁に発生します。

そういうときには、さらにかき回します。第二かき回しを実行するのです。

具体的には、「Yについて」「Zについて」というカテゴリを捨てて、別の組み合わせを試します。配置されている要素を入れかえたり、別のカテゴリが設定できないかを模索します。

そして、これを繰り返します。しっくりくるかたまりが生まれるまで繰り返し続けます。

さいごに

別段難しいことをしているわけではありません。たとえば、文レベルでも、とりあえず以下のように書いてみて、

「とっかかりとして、このカテゴリ設定は悪くありません」

これを読み返して何かちょっと違うなと感じたら、言葉の配置を入れ換え、

「このカテゴリ設定は、とっかかりとしては悪くありません」

と自分の言いたいことにしっくりくる〈配置〉を見つけることはごく普通に行われているでしょう。それを原稿全体の構成に再帰的に当てはめているだけです。

ポイントは二つあります。

  • 最初の固定は仮固定でしかない
  • 全体のコンセプトは後からわかる

まず最初に立てた構成は構成案でしかない、ということ。アイデアは常に変化を受容します。むしろ要請します。だから、かき回し続けて、しっくりくるものを見つけます。

もう一つは、いわゆる全体のコンセプトは、そうしたかき回し作業の中で見つかる(≒わかる、見出される)ものだ、ということです。文レベルでも、書き直しているうちに自分の言いたいことが徐々にはっきりしてくることがありますが、それは原稿全体でも言えます。

ぼんやりしていたものがシャープさを獲得し、全体の言いたいことと要素で言っていることが呼応しはじめるとき、原稿は息をしはじめます──みたいに書くとちょっとかっこいいですが、そんなに難しい話ではありません。単にものすごく手間がかかるだけの話です。

▼参考文献:

直接的な参考文献というのではありませんが、上記のかき回しにはアウトライン・プロセッシングの手法が大いに役立ちます。また、要素と全体の視点を行ったり来たりする必要があるので、アウトライナーももちろん役立つでしょう。


▼今週の一冊:

ひさびさに再読しましたが、やっぱりいい本です。「自然な」文章の書き方が解説されています。


▼編集後記:
倉下忠憲



三章の段階で少し構成をいじった目次案が、四章まできて大きく手を加えることになりました。さすがに五章ではそういうことにならないとは思いますが、どうなるかはわかりません。


▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。メルマガ毎週月曜配信中