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目標達成のために頑張るのは「よい」ことではないし、サボるのも「悪い」ことではない



「がんばったんだから、ちょっとくらいごほうびがなくちゃ」とみずから正当化しているのです。そんなふうに自分を甘やかすことが、往々にして失敗の原因になります。気晴らしをすることが自分自身のよい行動に対する最高の見返りだと思うようになってしまうと、自分にとって最も大切な目標を忘れ、誘惑に負けてしまうのです。

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佐々木正悟 私たちはつい、本当は道徳と関係ないことまで、「道徳的かどうか?」という物差しを使って判断しがちです。「そんなことはしていない」と思っている人も、意外なくらい、「ダイエット中なのにパンケーキをたらふく食べて罪悪感が募る」などと口にします。単なる比喩のつもりかもしれません。それでも、口にするのも控えておいた方が賢明なのです。

私もタスクシュートを実行しているとよくわかります。「昨日は、タスクシュートどおりに、ほぼパーフェクトの1日を送ったんだから、きょうのシゴタノ!はサボっても大丈夫だろう」というわけのわからない自説と戦う必要が出てくるのです。

1回よいことをしたからといって、1回悪いことをしていい権利が手に入るはずなど、そもそもありません。

しかしそれよりなおおかしいのは、昨日の朝にマラソンをしたら、きょうはサボってよいとか、今朝走ったから、夜はお酒を飲んでいいとかいった発想です。

これはそもそも、善し悪しの問題ではない。善し悪しの問題だとしても、おかしな発想です。そして、習慣と成果が問題なら、「悪いことをする権利」なるものは自分の計画をぶちこわすものでしかありません。

道徳上の問題と、たんにするのが難しいことを区別するのが重要です。税金をごまかしたり浮気をしたりするのは道徳的に悪いことですが、ダイエットをサボるのは道徳的に悪いことでも何でもありません。それなのに、多くの人はあらゆる種類の自己コントロールを道徳のテストのように考えています。誘惑に負けてデザートを食べたり、寝坊したり、クレジットカードを使いすぎたり──そんなことまで善悪の基準で測ろうとします。

これは、しごく単純な話です。心理的に、意識して、区別する習慣を付けることです。自分もなるべく努力しています。

モラルの問題はモラルの問題として、モラルと関係ないことは、モラルと関係はないのです。

ダイエットや貯金や早起きの習慣形成に失敗しても、罪悪感を持つ必要はないし、成功しても、「よい人間になった」とは言いがたいのです。

まして、「よい人間になった」のだから、「きょうは暴飲暴食もOKだ」と考えたところで、胃腸はついてきてくれないでしょう。

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