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「こんなことができたらいいのに」という出発点

前回ご紹介した漫画は最近映画化されたのですが、評判はあまりよくないようです。

まぁ、それはともかく、映画にしても漫画にしても、おもしろいものとそうでないものがあるものです。当たり前と言われればそれまでですが、なぜ、映画あるいは漫画という同じ構造を持っていながら、このような差が生まれるのか、というところは気になるところです。

同じ仕事をしていても、日によって、あるいは取り組み方によって時間がたつのを忘れて思わず没頭してしまうことがあるかと思えば、淡々とこなすだけの無味乾燥な作業になってしまうこともあります。

我々は現実という世界に生きていますが、映画にしても漫画にしても、そして仕事にしても、どれも現実という足場をもとにしてしか認識することができません。従って、現実との差異の付け方がポイントになるはずです。

映画や漫画の登場人物は、それぞれの作品の世界を現実として生きていますが、この振る舞いをもって、観ている我々を作品の世界に引き込みます。作品の世界が現実に近ければ近いほど、その中に没入することができますし、登場人物に感情移入しやすくなります。

でも、現実の世界の構造と作品の世界の構造との間に齟齬があれば、それは違和感となって現れ、食い違いが大きくなりすぎると「これは虚構だ」という解釈になり、その後の鑑賞態度に影響を与えます。

「これは現実世界を舞台にした話のはずだから、我々が認識している現実と同じルールが適用されているはず」という前提で観ている時、これを覆す事態が起これば違和感を覚えます。逆に慣れ親しんだ現実世界に一見似ているものの、微妙な点で差異が認められる時、その作品の世界観が適切に提示されていなければ、話しについていくことができなくなります。

このあたりは「似た構造を発見すると非常にうれしい」ことと関係がありそうです。

誰しも「こんなことができたらいいのに」という願望(あるいは妄想)を持っているものですが、もしそれが実現できるとしたら、それが実現しうる前提やルールがきちんと整備されていれば、「あ、これならあり得るかも」と引き込まれやすくなるはずです。

ここで大切なことは「こんなことができたらいいのに」という願望を持っているということです。現実にはできていないことでも、想像では描くことができれば、現実と想像のギャップを埋めるためにどうすればよいかを考える、という方向に目を向けることができます。

「今それができないのは、現実には○○というルールがあったり、××という制約があるからだ」ということに気づき、これを言葉として書き出しておくことによって、さらに考えを進めやすくなります。

例えば、「やるべき時にやる気が出るようにできればいいのに」とか「もっと効率よく時間を使えればいいのに」といった願望を書き出し、それを叶える上で制約になることも書き出してみるわけです。

このように当たり前過ぎていちいち言葉にしないことをあえて言葉にして目に見えるところに晒してみることによって、例えば「そもそもどうしてこの制約があるんだろう?」という質問が生まれます。そこで、この質問に答えるために再び考えを進めることができます。

このように、

 1.願望を書き出す
 2.願望を実現する上で障害となる制約を書き出す
 3.なぜその制約があるのかを考えてみる

というプロセスを繰り返すことによって、必ずしも願望通りのことは実現できないかも知れませんが、こうして手を動かしてみるまで気づかなかった何かに気づくことができるかも知れません。

おもしろい映画や漫画というのも、このようなプロセスで作られているような気がしています。