一つの習慣に狙いを定めることで、他の行動もプログラムしなおすことに成功したのだ。そのような習慣をキーストーン・ハビット(要となる習慣)という。
本書は大部ですが、基本的にはこの小さな一節を事例と理論で説得してくる本です。
仕事であれ生活であれ、「キーストーン・ハビット(要となる習慣)」を見出して、それを身につけることができたなら、すべては好転し始めるというタイプの「自己啓発書」になります。
本書の冒頭には、自己啓発書にはおなじみの「ビフォア」がサンプル事例としてあげられます。
莫大な借金があって、体重が重くて、恋人に裏切られ、といったサンプルです。
もちろん「アフター」ではその状況が一変します。
ある一つの考えを変えたこと、つまり目標達成のために、「たばこをやめよう」と考えたことだった。
それがきっかけとなって、いくつもの変化が引き起こされ、やがて彼女の生活のあらゆる面に広がっていった。
これが事実だとしても、いろんなことを言いたくなるし、考えたくなりますが、ここでは1つの疑問にだけ焦点を当てましょう。
彼女が「変わった」のは「タバコをやめることによって」なのか、それともタバコでなくても「よい習慣を作る」ことができればそれでよかったのか?
自己啓発書ですから読者の立場に立つなら、「キーストーン・ハビット」は誰にでもあるのか? あるとすれば、どうやって見つけたらいいのか?
「小さな勝利」と「小さな敗北」の連鎖
まだシゴタノ!もタスクシュートも知らなかった頃、私はしょっちゅう「なぜ今日、なにもしないまま夜を迎えてしまったんだろう?」という後悔とも反省ともつかないような思いにとらわれていました。
特に「意識高い系」だったわけではありません。
ただ、16時間も自由時間があれば、ただ楽しむだけだったとしても、もっと他に過ごしようがあったという気がしたのです。
その時に感じていたのは「敗北感」でした。
と言っても、スコアがあったわけでもなく、責めたてる人がいたわけでもないのです。
ただなにか、人生を無駄に取り逃がしているという感じ。
しかもそれを今さら取り戻せないという感じ。
なにより、この先も「自由な一日」を同じようにムダにしてしまいそうな不安があったのです。
これを一変させるのが「キーストーン・ハビット」ということなのです。
私は運良く「タスクシュート」によってそれを見つけることができました。
しかし、あえて誤解を恐れずに言えば、「キーストーン・ハビット」はなんだっていいのです。
したがって、タスクシュートで「見つけた」というのは正しくないと言えば正しくなく、しかしやっぱり正しいのです。
ターゲットとする習慣こそ、なんだっていいのですが、「見つける」必要はあります。
タスクシュートがなければ、私は「キーストーン・ハビット」を「見つける」ことができなかったでしょう。
どのような「小さな習慣」でもいいので、それに確実に「勝利」し、しかもその「勝利」を確認した上で、次の習慣にも「勝利する」という形にもっていくことが大事なのです。
難しいことではないのですが、これがどうしてもうまく回らないために、必要以上に「敗北」し、その結果必要以上にストレスを抱え込み、その結果必要以上にたとえばアルコールを飲まずにはいられなくなったりするのです。
その差が小さいというのはたとえば渋谷駅に14時50分に着くのと、15時10分に着くのの差が小さいという意味です。
その差が「きわめて甚大だ」とは思えないはずですが、待ち合わせが15時で、自分の人生を左右するような人と待ち合わせているとすれば、意味が違ってきます。
こんな場合なら、100%、渋谷に15時より前には着きたいでしょう。
そのためには、そもそも最寄り駅から時間に間に合う列車に100%、乗り込んでいたいでしょう。
そのためには100%、間に合う時間に家を出ていなくてはならないでしょう。
これはありふれた事例ですが、世の中にはもっと、20分ではなく1秒が「勝利の大きな分かれ目」になるケースもあります。
2008年8月13日の朝6時半、マイケル・フェルプスの目覚まし時計が鳴った。
北京オリンピック選手村のベッドを出て、すぐにいつもの日課を始める。
スウェットパンツをはき、朝食をとりに食堂に向かう。
彼はその週のはじめにすでに三つの金メダルを勝ち取っていた(オリンピック通算9個)。
その日も二つのレースが控えている。
7時にはカフェテリアで卵、オートミール、栄養ドリンク4本というレース用メニューの朝食をとる。
これが最初の食事で、彼はそれから16時間で合計6000カロリー以上を食べつくす。
フェルプスの最初のレース(おそらく彼にとって一番きつい200メートルバタフライ)は、10時。
スタートの2時間前、彼はいつものようにストレッチを始める。
まず腕、そして背中と下がって最後は足首。
彼の足首はバレリーナもかなわないほど柔らかい。
8時半、プールに入って最初のウォームアップを始める。
いろいろな型で800メートル、その後、キック練習600メートル、浮きを脚に挟んで400メートル、ストローク練習200メートル、そして心拍数を上げるために25メートルを全力で何本か泳ぐ。
これでぴったり45分だ。
9時15分、彼はプールを出てレーザーレーサーを着始める。
この水着は体を強く締めつけるため、着るのに20分かかる。
そして彼はヘッドホンをつけて、レースの前にいつも聴いているヒップホップに耳を傾けながらその瞬間を待つ。
7時ちょうどにオートミールを食べれば金メダル、そうでなければ入賞もできない、などということはないでしょうが、「それをするなら、いついつに、どのくらいするのが最適」というポイントはあるはずです。
どんなことであってもです。
たとえば私は、朝の食事の支度をする直前に、トイレをすませます。
その前にすませてしまうと、支度中にトイレに行きたくなることもあるし、そうなるとトイレを我慢して食事の支度をつづけるか、トイレで食事の支度を中断するか、どちらかになってしまうからです。
いずれにせよ、そうなるのは多少にせよ「食事の支度」に一部失敗したと感じてしまうのです。
私たちが生活の大半を習慣的に過ごし、1つの習慣が次の習慣に影響を与えずにおかないことを思えば、どのような習慣的行動であれそれを「いい感じにうまいことやり遂げた」ほうが、その後の展開にも有利に働くはずです。
先に引用したフェルプスのコーチの言は、「その先にレースでの勝利がある」というものです。
「レースが始まろうとするとき、彼はすでにゴールまでの道のりの半分まで来ていて、どの段階でも勝利している。
ストレッチは予定通り。
ウォームアップの泳ぎも思い描いていた通り。
ヘッドホンからはいつもと同じ音楽が流れてくる。
実際のレースはその日の朝から始まっていた一連のパターンの1ステップにすぎないので、勝利以外にはありえない。
勝つことは自然の成り行きなんだ」(太字は佐々木)
朝早く起きるには、夜早く寝たほうがよくて、夜早く寝るには、夕食は早めにすますべきで、夕食を早めにすませるには、早めに仕度した方がいい。
早めに支度をするには、早めに仕事を終わらせた方がいいし、早めに仕事を終わらせるには、朝早く起きた方がいいでしょう。
すなわち「早起きする」には、他のあらゆる習慣が「キーストーン・ハビット」になりうるわけです。
あるいは、「早起きする」という習慣こそが、「キーストーン・ハビット」であると言ってもいい。
つまり、「キーストーン・ハビット」は私たちのほぼすべての行動の中に見出しうるわけです。
ただしそれは、「キーストーン・ハビット」だとみなされない限り、そうはならないのです。