会社員時代の出来事を、ふと思い出しました。
当時の僕はシステム開発会社でエンジニアとして仕事をしていました。担当業務は、ある企業の販売管理システムの構築。
そのプロジェクトはスタート後、さまざまな要因が重なり、当初の見込みを大幅に上回る開発規模にふくれあがっていました。
毎月のように新しいメンバーが他のプロジェクトから次々と駆り出され、プロジェクトの規模も当初の数人から数十人規模にまで拡大。
人が増えれば仕事は進みますが、同時にコミュニケーションのための時間も増えます。
僕自身がこのプロジェクトに“投入”されたのはプロジェクト発足から半年ほどたった頃でしたが、その後もメンバーは増え続け、ミーティングの回数も増え、情報共有のための資料も増え、クライアント側の担当者の数も増え、その結果、残業時間も増えていきました。
「プロジェクトが火を噴く」とは実にこういうことを言うのだな、と痛烈に実感したことをよく覚えています。
もはやプロジェクト全体の状況を正確に把握するのは誰にとっても困難な状況でした。
それでも、4月1日に新システムの稼働を開始させる、というプロジェクトの当初の目標は動かせなかったようで、その様子を一言で言い表すなら「悲壮感」という言葉がぴったりだったでしょう。
そんな中、稼働まで4ヶ月を切った12月のある日、会社のナンバー2であったS部長がプロジェクトルームにやってきます。
そして、何も言わずに「あること」を始めたのです。
それは何日も続きましたが、僕を含めたメンバーたちはS部長がいったい何をしているのかさっぱりわかりませんでした。
S部長が始めた「あること」とは?
その「あること」とは、プロジェクトで使用しているファイルサーバにある全てのファイルを片っ端から開き、これを印刷したうえで、ひたすら読み続ける、という作業でした。
プロジェクトで毎日のように作られるワードやエクセルのファイルを、過去からの分も含めてすべて印刷し、目を通すという気の遠くなるような作業に、S部長は早朝から深夜までひたすら黙々と取り組んでいたのです。
後で聞いて分かったのですが、この作業はS部長がプロジェクトの現状を正確に把握するために行なったものでした。
現状を把握したいなら、プロジェクトリーダーやメンバーに直接ヒアリングを行なえば良さそうなものです。あるいはめいめいに現状を報告させることもできたでしょう。
でも、それはメンバーの時間を奪うことになってしまいます。すなわち、プロジェクトの遅れを拡大させてしまうことにつながります。
メンバーの手を止めることなく正確な現状を把握するためにも動かぬ証拠であるドキュメントに目を向けたというわけです。
もちろん、もっと良い方法もあったでしょう。手を止めることになったとしても、ヒアリングをしたほうが早かったかもしれません。
でも、結論からいえば、このシステムは4月1日に無事稼働を開始することができ、プロジェクトは何とか終息しました。
現状把握の重要性
方法の正しさはともかく、S部長によるこの取り組みから僕が学んだことは、現状把握の重要性でした。
どこかに何か良い方法がある、誰かがそれを知っている、という“幻想”は早々に捨て去り、たとえ手間と時間を要したとしても、自分の目で正確な現状を確かめること。
ケガに喩えれば、傷口はどこに何カ所あるのか、すぐに止血すべき傷はどれなのか、痛みの激しい傷はどれなのか、といった容体をまず把握することです。
この把握が間違っていれば、その後の処置が望ましい結果を引き出すことは難しいでしょう。
当たり前のことのように思えるかもしれませんが、危機に瀕しているときほど、手間と時間を惜しまず勇気を持って手を止めて「現状把握」を優先する必要があります。
結局それが最短距離になることが多いからです。
プロジェクトに限らず、何らかの悪癖を断ちたい、あるいは望ましい習慣を身につけたい、という場合にも「現状把握」が最初に踏み出すべき一歩になります。
ふと思い出したフレーズ
S部長はまさにここで言う「賢者」だな、と感じました。
愚者は俺ならできると考える。賢者は愚者でもできることをやる。
» 60分間・企業ダントツ化プロジェクト 顧客感情をベースにした戦略構築法