この連載では、たびたび「知的生産」という言葉が登場しています。
名著『知的生産の技術』から引いてみましょう。
知的生産というのは、頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがら──情報──を、ひとにわかるかたちで提出することなのだ
あたらしい情報を生み出すプロセス。それが知的生産です。
では、それとよく似た言葉である「知的生活」はどうでしょうか。この二つの言葉は、最初3文字まではまったく一緒ですし、なんとなく雰囲気も似ていますが、「生産」と「生活」はさすがに同じではありません。
そこには、どのような違いがあるのでしょうか。
知的生活とは何か?
渡部昇一さんの『知的生活の方法』は現代でも読み継がれていますが、残念ながらその本には「知的生活とは何か?」という言葉の説明は出てきません。具体的なノウハウが盛りだくさんな分、多少脇に追いやられた感があります。
その代わり、続編にあたる『続 知的生活の方法』では、この言葉の説明が複数の表現を用いて提示されています。
「知的に生きるとは、何かを成しとげることというよりは、むしろ一種の精神状態である」と『知的生活』の著者ハマトンもいっている。
内省的な気分になることが、とりもなおさず知的生活のはじまりなのである。
知的生活は毎日の生活の質のことである。毎日のライフ・スタイルである。根本的には内省的気分に入る時間を持つ生活である。
「知的生活」とは、その名の通り生活を意味しています。ライフ・スタイルなのです。
「知的生産」は、行動が集積した一連のプロセスのことであり、言ってみればプロジェクトのようなものです。そこには、期間や期限が厳然と存在します。しかし、「知的生活」は、ずーっと続くものです。もっと言えば、生活に寄り添うものなのです。
生きていく上での、心的態度と行動。その総合が「知的生活」です。
自分の頭で考える
では、その心的態度と行動はどのようなものでしょうか。渡部氏は、高度経済成長によって個人の余暇の過ごし方が変化していることに言及しながら、次のように書いています。
そして、特定のドグマやイデオロギーを盲目的にありがたがるよりは、もっと静かに、自分の考えること、自分の納得したこと、自分の生きがい、自分の気に入ったライフ・スタイルを大切にしたいと思うようになっている。
(注:強調箇所は本文では傍点)
自分自身の頭を使って、静かに考えること。十分に納得できるまで、考え続けること。それを生活に織り込んでいくこと。それが知的生活です。つまり、知的生活とは考える生活、考える生き方なのです。
昨今、「自分の頭で考えよう」といったアドバイスが頻出していますが、そうしたアドバイスをドグマ的にありがたがり、「そうだ、自分の頭で考えなければ!」とうなずいているのは、知的生活ではありません。
- 自分の頭で考えるとはどういうことか?
- そのメリットとデメリットはなんだろうか?
- 発言者はどんな意図を持っているのか?
- 自分の頭で考えている人とそうでない人の違いはどこにあるのだろうか?
といった問いを自分で立て、自分でそれに取り組むことが知的生活です。
さいごに
だから、知的生活に学術的な素養など必要ありません。もちろん、あったら何かの役に立つかもしれませんが、逆にそれがイデオロギーの縄で個人の考えを縛ってしまう可能性すらあります。
むしろ、何もない場所からスタートする方が、ドグマやイデオロギーからは自由でいられるでしょう。このことは梅棹氏の次の言葉と呼応しています。
なんにもしらないことはよいことだ。自分の足であるき、自分の目でみて、その経験から、自由にかんがえを発展させることができるからだ。知識は、あるきながらえられる。あるきながら本をよみ、よみながらかんがえ、かんがえながらあるく。これは、いちばんよい勉強の方法だと、わたしはかんがえている。
「あるきながら本をよみ、よみながらかんがえ、かんがえながらあるく」というのは、まさに知的生活です。別に触れるのは本でなくてもよいでしょう。現代ではいろいろなメディアが情報を提供してくれます。それに触れながら、かんがえ、かんがながらあるいていけば、なんであっても立派な知的生活です。
ただし、それは「静かに」行われるべきです。
この場合の「静か」は、言葉少なくということではありません。対話は知的生活にとって強力な刺激剤となります。ですので、「一人で押し黙って」ということではなく、時代の熱狂に左右されないというのが「静か」という意味です。そうした熱狂は、ドグマやイデオロギーよりもはるかにやっかいで、扱いづらいものです。水槽の中の魚は自分が泳いでいる水をのことを意識しないでしょうが、時代の空気にはそれと同じような性質があります。
もしかしたら、現代では「静かに」ということが、一番難しいのかもしれません。
▼参考文献:
▼とりあえずビール、ぐらいにとりあえず最初に読みたい一冊です。
▼今風にタイトルを付け直せば、「ライブラリの作り方」となるでしょう。知的生活のノウハウが紹介されています。
▼なかなか入手が難しいですが、こちらも楽しめます。
▼分厚くて読み応えのある本です。少し文体が硬いかもしれません。
▼拙著です。上のような本を紹介している本です。
» 知的生産とその技術 Classic10選[Kindle版]
▼関連エントリー:
▼今週の一冊:
昨日から読み始めた本ですが、面白いお話が盛りだくさんです。
ネットフリックスについての解説というよりは、この新しいメディア・プラットフォームが何を、どのように変えていくのかに視点が置かれています。映像メディアと文字メディアはまったく同じではありませんが、それでも業界の大きな変化は、違う分野の人間であっても興味があるものです。
» ネットフリックスの時代 配信とスマホがテレビを変える (講談社現代新書)
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11月28日、東京でちょっとしたイベントに出ます。主催は私ではありませんが、まあ私が中心になる会だとは思います。特にご利益に預かれるような会ではありませんが、わいわい盛り上がれたらと。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。
» 知的生産とその技術 Classic10選[Kindle版]