『考具』の加藤昌治さんが新刊を出されたと聞いて、気になって読んでみました。
『考具』といえば、発想法系書籍の中でも飛び抜けてとっつきやすさのある一冊ですが、本書からも似たような印象を受けました。
「アイデア」や「発想」を自分とは縁遠い存在と感じている人は、きっと本書がその関係性を変えてくれるでしょう。
概要
章立ては以下の通り。
- 第1章 アイデアを出しやすくなる3つの前提
- 第2章 アイデアを出す① 課題を細かく分割する
- 第3章 アイデアを出す② 課題をいったんズラす
- 第4章 アイデアを出す③ 論理的に問いかける
- 第5章 アイデアを出す④ 直感的に問いかける
- 第6章 アイデアを描く
- 第7章 チームでアイデアを出す
まずは、アイデアについての固定観念を解きほぐし、その後少しずつ「発想とはいかに行われるのか」が、具体的なメソッドを通しながら紹介されています。
紹介されているメソッドは網羅的ではありませんし、詳細に掘り下げられているわけでもありませんが、最初の一歩としてはこのぐらいの情報量で十分でしょう。むしろ、このぐらいの方がモチベーションが湧いてきやすいかもしれません。
いくつかの方向性から「アイデアの出し方」を紹介した上で、最後にチームでの発想について触れられています。ビジネスパーソンの多くが組織やチームで仕事をしていることを考慮すれば、アイデアの現場はむしろ「共同作業」なのかもしれません。存外にたいせつな要素です。
全体を通して軽快な文体で、堅苦しい部分はまったくありません。それでいて、随所に発想に関する本質がチラチラと見受けられます。自分で手を動かしながら、何度か通して読むことで、発想についての理解が深まっていくことでしょう。
アイデアについてのよくある誤解
本書の冒頭にある「はじめに」では、アイデアについての固定観念がばっさりと切り落とされています。
誤解その1:「アイデアとは、そのすべてが素晴らしいものでなければならない」
誤解その2:「アイデアとは、出た瞬間に完成に近くなければならない」
アイデアについてのこうした誤解は本当によくあるもので、私も『ハイブリッド発想術』の中で詳しく触れました。
私たちが市場で目にするアイデアは、ピカピカに磨き上げられた完成品です。しかしあ、そうした完成品が生まれるまでに、驚くぐらいの「失敗アイデア」が出されているものです。くだらないアイデアを山ほど積み上げて、その中からキラリと光ものをピックアップし、しかもそこからブラッシュアップしていく。そういう過程を経て、アイデアは世に出されているのです。
私もセルフパブリッシングで本を出すときは、タイトル案を(誇張なく)100ほどひねりだし、そこから良いものを選択して、微調整を重ねる、といったことをやっています。一瞬のひらめきだけで事が済むことはまずありません。
その舞台裏を考慮しないで、いきなりピカピカのアイデアを出そうとしたり、ピカピカでなければ価値がないと思ってしまうと、どんどんアイデア発想からは遠ざかってしまいます。まずは、その認識を改めて、発想との距離を縮めることが必要でしょう。
アイデアは既存の要素から生まれる
アイデアは、既存の要素が出発点となります。
たとえば、本書の中に「四則演算」という言葉が出てきます。
要するに、アイデアとは空から降ってくる天啓ではなく、目の前にあるモノやコトを四則演算的に組み合わせるだけで、もう十分立派なアイデアになるのだ、ということ
四則演算とは、「足し算」「引き算」「掛け算」「割り算」のことで、「月見そば」という商品は「かけそば+卵」という足し算で説明できる、そんなお話です。
たしかにごもっともなのですが、私はこの説明をみて思いました。
「累乗や平方根ならどうなるだろうか」
「インクリメントやデクリメントはどうだろうか」
「アイデアのゼロ除算に対応するものはあるだろうか」
面白い答えが思いつくものもありますし、そうでないものもあります。どちらにせよ、このような疑問はアイデアのトリガーとなってくれます。そして、これらはあくまで「アイデアの四則演算」という既存の要素を出発点にしています。天啓によって何かをゼロから生み出したわけではありません。
そして、多くのアイデアがこのような「ズラし」から生まれているのです。本書ではそうした「アイデアと身近になれる」話がたくさん登場します。
さいごに
必要なのは、アイデアがどのように生み出されるのかについての基本的な知識と、それを支えるメソッド(技法)、それにちょっとばかりの素材だけです。さいわい私たちは生きているだけで、それなりの素材を蓄えていますので、発想との距離は思った以上に近いといってよいでしょう。
あとは、技法を知り、それに慣れることです。本書はそのサポーターとなってくれるでしょう。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。