梅棹忠夫さんの『知的生産の技術』には、二種類の紙ツールが登場します。
一つは、「カード」。シンプルな名称で呼ばれていますが、現代では「情報カード」という名前の方が通りが良いでしょう。そのB6サイズです。
もう一つが、「こざね」。こちらはB8サイズで、情報カードに比べると紙の厚みはありません。というか、「紙きれ」です。
この二つは、四角形の紙という共通点はあるものの、実際にはまったく違った用途を持っています。
『知的生産の技術』を一番最初に読んだときの私は、それを勘違いしていました。
京大式カード
「カード」は、記録のために使います。しかも、長期的な記録です。
その特徴を明らかにするために、「カード」に関する記述を引用してみましょう。
- カード・システムは、長期にわたって使用しつづけることを前提としている。
- ちいさいカードは、単語カードか図書カードにはいいかもしれないが、複雑な知的作業には不むきである。
- ちいさいカードでは、どうしても「おぼえがき」になってしまって、本格的なノートのかわりにはつかえないからだ。
- カードは、くるものである。
- カードにかくのは、そのことをわすれるためである。
- カードは、他人がよんでもわかるように、しっかりと、完全な文章でかくのである。
- たしかに個々のカードは、経験や知識の記録である。
「カード」は本格的なノートのかわりとして使うためのツールであり、そこでは複雑な知的作業が行われることが想定されています。
また、長期的な使用が前提となっていて、未来の自分がその内容を忘れても大丈夫なように__あるいは、それらを積極的に忘れていけるように__「おぼえがき」ではなく、しっかりと完全な文章で記録を残すことが推奨されています。
つまり、明日以降(一ヶ月後、一年後、十年後……)の自分に、情報を引き継ぐためのツールなのです。
小さい紙片
対して、「こざね」はどうでしょうか。
「こざね」(あるいはこざね法)が紹介されている部分には、こんな一文があります。
断片的な素材をつかって、まとまりのあるかんがえ、あるいは文章を構築するには、つぎのような技法が役立つだろう。
情報を未来に引き継ぐためではなく、文章を構築するための技法。そこで使われるのが「こざね」という紙片です。
この小さな紙片には、何が書かれるのでしょうか。
その紙きれには、いまの主題に関係のあることがらを、単語、句、またはみじかい文章で、一枚に一項目ずつ、かいてゆくのである。おもいつくままに、順序かまわず、どんどんかいてゆく。すでにたくわえられているカードも、きりぬき資料も、本からの知識も、つかえそうなものはすべて一ど、この紙きれにかいてみる。
ポイントは、「すでに蓄えられているカードも、一度はこの紙片に転記する」というところです。
つまり、文章を構築する際には、B6サイズのカードをそのまま使わずに、それよりも小さいサイズの紙片に書き写して、知的作業を行うのです。
当初の私が勘違いしていたのはこの点です。長期的な記録のためのカードを使って、そのまま文章構成を練るのだと思い込んでいました。実際、小さい文章ならばそれでいけることもあります。しかし、10万字近い書籍では、さすがに厳しいと言わざるを得ません。
サイズのメリット・デメリット
言うまでもなく、その厳しさは、紙のサイズにあります。
ノート代わりに使えるB6サイズのカードは、机いっぱいに並べても、たいした枚数にはなりません。それでは、書籍の全体像を見通すことなど不可能です。
しかし、名刺サイズ程度のB8ならば、かなりの枚数が並べられます。その枚数があって、ようやく全体像の俯瞰が行えるのです。もちろん、B8サイズの紙片に文章の詳細を描き込むことはできません。しかし、その作業中に、文章の詳細は必要ありません。必要なのは、アウトラインを組み立てるためのパーツだけです。
未来の自分に情報を引き継ぐためには、自分が忘却していることも想定して、しっかりした文章で書き残す。そのために使うツールには、文章量を確保するためのサイズが必要です。
しかし、文章の構成を考える作業は、一ヶ月も二ヶ月もかかるわけではありません。せいぜいが数時間、長くても数日というところでしょう。それぐらいの期間なら、覚え書きでも問題ありません。紙片に書かれた単語を見れば、自分が何を素材として使おうとしていたのかは想起できます。
そして小さい紙を使うことによって、構想を組み立てる作業がスムーズに行えるようになります。
さいごに
総じてみると、行う作業によって適切な紙のサイズが違ってくることがわかります。大きければよい、小さければよい、という話ではないのです。この場合に関しては、大は小を兼ねたりはしていません。
そして、このお話は紙ツールだけに限定されるものでもありません。デジタルツールでも、きっと似たような考え方が通用します。
ただし、デジタルツールでは、サムネイルやタイトルだけを表示させるように、一つのデータでも複数の見せ方が可能です。だから、紙ツールのような転記の手間は必要なくなるでしょう。
が、それはそれとして「長期保存用の記録」・「構成作業用のデータ」の見せ方は違った方がよい、という視点は重要かと思います。
▼参考文献:
とにかくこの本を読みましょう。話はそれからです。
▼今週の一冊:
拙著です。
ちょうど一昨日発売になったので、紹介させていただきます。
私はR-styleというブログを10年以上続けているのですが、その3000を超えるエントリーから32編を厳選し、一冊の本にまとめてみました。
残念ながら知的生産関係の話はあまり登場しませんが(次回作にご期待)、「考え方」「生き方」についての本なので、思考法・発想法的なヒントはあるかもしれません。
ご興味あれば、ぜひ。
» 真ん中の歩き方: R-style selection[Kindle版]
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今月もなんとか電子書籍の発売が間に合いました。一度アマゾンからリジェクトされてしまったので、ちょっと慌てましたが、無事8月内に発売完了です。表紙はともかくとして、毎月少しずつ電子書籍の作り方はうまくなってきている実感はあります。徐々にレベルアップを重ねていきましょう。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。