最近DVDで観た「フォーン・ブース」という映画の特典映像「監督による音声解説」に以下のようなくだりがありました(監督はジョエル・シューマカー氏)。
“作品の質は費やした時間に比例する” そう考える人も多いけど、本作にも当てはまるだろうか。(その答えは)この映画を見る人たちの判断に任せよう。
僕は時間的な制約があったからこそ、ムダにする時間はないからこそ、気が緩むこともなかったし、スタッフも役者も瞬時に本能で行動できた。多くの映画は話し合いを重ね、シーンを撮り直したりする。もちろん、それは悪いことではないが、今回は検討を繰り返さずに作った。
※( )内は筆者
この映画は、わずか10日間という短期間で撮影されたことで話題になったのですが、上記の引いた部分はまさにその点について語られています。
期間が限られているという制約があるために、「納得のいくまで撮り直す」ことができず、必然的に各テイクは慎重に行われることになります。その結果、例えば監督が「僕のお気に入りのシーン」ということで紹介する、主人公スチュ(コリン・ファレル)による長ゼリフの名場面があるのですが、このシーンはワンテイクでOKが出たそうです。
スタッフはもちろん、キャストもまた「この一回で決めなければ!」というプレッシャーがあるおかげで、「失敗したらまた撮り直せばいい」という“保険”がある普段の撮影とは全く異なる集中力を発揮できたのだろうと想像されます。
そういえば、先日の『スピードハックス』出版セミナーでも、「時間を正確に区切る」ことにこだわっていました。
まず、冒頭での自己紹介は1分間。続く他己紹介もまた1分間。チームディスカッションは16分間(当初は20分の予定でしたが、もう少し短くしても大丈夫だろう、というその場の判断から)と、それぞれタイマーを使って正確に計りました。
特にディスカッションは16分間という短い尺でしたが、各チームの発表を拝聴するにつけ、どのチームにおいても非常に実りのあるディスカッションが行われたことが窺い知れる内容でした。
例えば、D.I.’s Memorandumさんのご感想。
振返ってみるに、このディスカッションも時間制約があった。
同じことを1時間与えられたら、もっと良いものが出来たか?
否である。
時間という区切りをつけて考えること、
そこから発想をつなげていくこと、
とりあえずver.で、前に一歩進んでみることが大事だと思う。
時間を正確に区切ることで以下のようなメリットが得られます。
・時間が計られているという実感が嫌が上でも集中力を生み出す
そもそも「時間を切られる」という状況は、特に新しいものではありません。学生時代から嫌と言うほど体験してきたことであり、むしろ、なじみ深いものでしょう。
「それでは、試験を開始してください」という合図とともに取りかかり、終了のベルとともに強制的に答案用紙を回収されるという体験は、身体に深く染みついているはずです。それゆえ、時間が切られることによって、自然とこの記憶が蘇り、集中モードへと移行するのだと考えられます。
もちろん、「普段1時間かかる作業を1分でやれ」といった無謀なチャレンジはやる気を損ないかねません。でも、「普段1時間かかる作業を45分で」あるいは「30分で」という、いつもの作業手順を見直したり、新たな工夫をほどこす余地のある、言い換えればがんばれば何とかできそうなレベルであれば、「やってみようか」という闘志が湧いてくるものです。
同セミナーでは、佐々木正悟さんが、「やる気が起きないのは、新しい情報を取り込めそうもない、と脳が感じるから」という解説をされていました。例えば、古い雑誌を読む気が起こらないのは、そこからは「新しい情報」が得られそうもないと判断されるからだ、というわけです。
仕事においても、毎日のように繰り返し行っている仕事からはもはや刺激は得られなくなっており、従ってそこには「新しい情報」はあり得ないために、やる気が起きない、と説明できます。
そこで、仕事の内容そのものは変わらなくても、やり方を変えたり、時間の制約を加えることは、脳に「新しい情報」を与えることになり、結果としてやる気を引き出すことができます。
とは言え、新たな制約のもとで「がんばってみた」ものの、終えることができなかったり、思うようにいかないこともあるでしょう。それでも、そこから得られることはあります。
まず、いつもより少ない時間でどれだけのことができるのかが分かることです。これは、実際にやってみて初めて分かることであり、「こんな短時間ではムリに決まっている」という“想像の壁”を打ち破る効果があります。
そして、時間が限られているおかげで、何とかスピードアップさせるために、普段ならやらないようなことを「一か八かでやってみる」ということもあるでしょう。
そもそも「ダメもと」で取り組んでいることですから、うまくいかなくて当然、もしうまくいけば御の字という、ある意味では「終わらせなければならない」「うまくいかなければならない」というプレッシャーから解放された状況にあるわけで、こういう時にこそ、今まで見落としていた意外な法則に気づいたりするものです。
冒頭のジョエル・シューマカー監督も以下のように述べています。
撮影を始める前は、本当に恐怖でいっぱいだった。例えば、テストがあるのに全く勉強しないで、解けるはずもない問題に臨む。そんな恐怖だ。
でも恐怖と引き換えに貴重な経験をした。
「できる」という確信がなくても、そして実際にできなかったとしても、自分で区切った時間で実際にどれだけのことができるのかを知ることは、以後の自分の時間感覚を磨く上での貴重な材料となるはずです。