管理人プロフィール(2023年1月1日更新)

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このブログ「シゴタノ!仕事を楽しくする研究日誌」管理人の大橋です。
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大橋 悦夫

大橋 悦夫おおはし えつお、1974年3月3日-)は、日本のブロガー、実業家、一人事業プロデューサー。タスク管理ツール「TaskChute(タスクシュート)®」の開発者。有限会社サイバーローグ研究所代表取締役。

プロフィール

1974年、東京生まれ。一人事業プロデューサー。タスク管理ツール「TaskChute(タスクシュート)」開発者。

上智大学外国語学部英語学科を卒業後、ソフトウェア技術者、テクニカルライター、専門学校講師などを経て、有限会社サイバーローグ研究所を設立。

2005年に開設したブログメディア「シゴタノ!仕事を楽しくする研究日誌」にて仕事を楽しくするためのやり方と考え方について記事を執筆するほか、記録から始めるタスク管理と一人事業の仕組み化・自動化に関するオンライン講座、コンサルティング、プロデュース活動を行う。

また、エンジニアとして1998年より自作のタスク管理ツール「TaskChute(タスクシュート)」の開発を手がけ、40,000人を超えるユーザーの日々のタスク管理をサポートしている。

モットーは「記録的な毎日を送る」。


目次

人物

一人で過ごすことを好む

起きて活動している時間のほとんどをPCの前で過ごす。2020年2月までは主に渋谷でタスク管理や一人事業者向けのセミナー・コンサルティングを行っていたが、現在はいずれもオンラインに移行している。

» 考えても分からないことでも、書き続ければ少しずつ分かってくる

個人的には人と会って話すのが苦手なので、新卒で就職活動を始めた当初は、人と話さなくてもすむような仕事を志向していた。むろん、そんな仕事はありえないのだが、少なくとも一日中コンピュータに向かっているのは苦ではなかったので、そういう仕事があったら素敵だな、とは思っていた。


自宅近くの駒沢公園でランニングをする以外はほぼ自宅で過ごす。

» ランニングを10年継続し、習慣を続けるコツは続けようとしないことと改めて気づいた

当たり前に聞こえるかもしれませんが、続かないということは続けようとしているからであり、続いているということは続けなくてもいい(途切れてもOK)と受け入れているからである、というパラドックスがそこにはあるのです。


ストレングスファインダー

最上志向、慎重さ、原点思考、戦略性、成長促進(2018年11月14日)



ウェルスダイナミクス

ロード100%(2018年12月)

» 8年ぶりにウェルスダイナミクスのプロファイルテストを受けたら「どロード」になっていた



来歴

学生時代まで

東京都練馬区出身。21歳まで生家で過ごす。両親ともに日本人で、父親は呉服の卸売業を営む(2019年2月28日永眠)。幼少時より英語に関心を持ち、9歳のときに小学生向けの英会話スクールに通う。日本大学第二中学・高校を経て上智大学外国語学部英語学科に進学。応用言語学を専攻し、卒業後は翻訳家か日本語教師を志すも、大学3年時(1994年)に触れたコンピュータへの強い関心から大阪市内のSIerに就職。

在学中は授業と部活(社交ダンス部)とアルバイト(ファーストフード、塾講師など)の3つの活動に忙殺されたのを機に、ビジネス書、特に時間術や仕事術に関する本を読み込み、手帳活用法や情報整理法に興味を持つ。

1994年6月にIBMのデスクトップパソコン(DOS/V互換機・Windows3.1)を購入したのを機に、大学1年の冬(1993年1月)より紙のノートに手書きで書いていた日記をすべてパソコンに移行。以降はパソコンで書き続けている。

» 忙しい人ほど日記を書いたほうがいい理由と、日記の効用を引き出すための書き方

日記は原則として自分しか見ないので、「こんなこと書いたら怒られるかも」とか「炎上したらどうしよう」という心配はいっさい無用。

日記は、慣れないうちは「ヨソ行き」な文体、すなわち普段メールや報告書を書くときの文体でしか書けないものです。

それが書き続けるうちに「自分しか読まないんだから、もっとぶっちゃけても大丈夫だ」ということに気づき、ありのままの気持ちを乗せられるようになります。

そして、そのように書いた日記を数年後に読み返すと、これが、実に、面白い…。


» Roam Researchに過去のデジタル日記4年分を投入してみて分かったこと

不意にやってくる「発見」はその都度そのときどきの方法でとらえるわけですが、そのまま“虫かご”に入れておくだけでは長くはもたないでしょう。

手持ちのメモ帳や箸袋、ナプキンなどにメモしただけでは内容が断片的なことが多いこともあり、そのときに脳内に確かに存在したクリアな「発見」が、どんどん鮮度を失って、やがては消えてしまう。

そうなる前に安全な保管箱に移して、少しでも長く生きながらえさせる。この保管箱が僕にとっては日記だったのです。

時系列の中に置いておけば、その発見に「いつ」出会えたのかを後から知ることができます。

さらに、どのような状況下で出会ったのかも、日記ですから前後を読むことでうかがい知ることもできるでしょう。

ちょうど、古代の昆虫が琥珀に包まれることで、その姿を現代にまで伝えることができたのと同様に、日記という文脈に包んでおくことで発見を生きながらえさせることができるわけです。


1995年2月7日(大学卒業直前)に参加した川又三智彦氏の「独立・起業・情報整理・人生設計・総合セミナー」で、パソコンを使った時間管理・情報整理・アイデアマネジメントの有用性に気づく。

» 計画よりレビューを重視するようになった理由

「復習」について新たな視点を提供してくれたのは川又三智彦さん。

1996年に刊行された以下の著書の中で、まだWindows95が出始めたばかりの当時からすでにデジタル記録とレビューに取り組んでいることが詳述されており、大いに刺激を受けました。

(中略)

常にボイスレコーダーを携帯し、思いついたアイデアは言うに及ばず、自分がやったことや起きた出来事を次から次へと録音。その内容は秘書がテープ起こしを行い、電子化。

川又さんは、これを読み返すことで新しい企画や商品プランのタネを得ていた、と言います。

大学生だった当時、著書を読むだけでは飽き足らず、川又さんの社会人向け勉強会に定期的に参加し、その「情報整理ノウハウ」を学んでいました。

起床時間に始まって犬の散歩から食事・トイレの回数に至るまでを分単位で記録する姿勢には最初は圧倒されましたが、川又さんのこの偏執狂的な記録習慣に触れたことが、その後のタスクシュート開発に影響を与えることになります。


会社員時代

1996年4月1日に大阪市内の独立系SIerに入社し、プログラマー、人事採用担当、研修教材制作担当、社内研修講師、データ移行専門家としての業務に従事。2000年3月31日の退職、独立。

» 1996年に新卒で入社したSIer企業1年目のワークスタイル

炎上プロジェクトに配属されたことで、そしてそれが最初のプロジェクトだったことで、仕事とはそういうものだという刷り込みが行われたようです。

このことは僕にとっては良いことだったと今は考えています。結果として、時間に対する感覚が磨かれたからです。


在職中の1998年8月に、制作中だった研修教材の進捗管理のためにExcelで作った管理シートがその後のTaskChuteの原形となる。

» タスク管理ツール「TaskChute2」をリリースしました

始まりは、会社員勤めをしていた1998年8月6日に必要に迫られて作った1枚のExcelシート


» TaskChuteのプロトタイプとなるデイリータスクリストは実績時間の入力が独特だった

各タスクを何時頃に何分かけて実行したのかが一目でわかるので、上司にも受けが良かったです。

ちなみに、このデイリータスクリストを使っていたのはTaskChuteの開発を始める1年半前のこと(1998年8月6日(木)に着手)。そういう意味では、TaskChuteのプロトタイプの1つでした。

上記のイマイチなところを改善したい、というのが開発の原動力になっていたのだと思われます。


独立から現在まで

独立後は1年間個人事業主として活動した後、法人化。マニュアル制作、書籍の執筆、講師業、ウェブ制作・プロモーションなどを経てブログメディア「シゴタノ!仕事を楽しくする研究日誌」を開設。

以降の活動は「年譜」を参照。

使用中のPCはWindows。1995年12月に購入した ThinkPad 230CS 以来ほぼ一貫してThinkPadシリーズを愛用している。現在のメインPCは15台目のThinkPadとなる ThinkPad X1 Extreme

使用中のスマートフォンはiPhone。2009年1月に購入したiPhone 3G以来、iPhone 3GS → iPhone 4 → iPhone 4S → iPhone 5 → iPhone 5s → iPhone 6 → iPhone 6 Plus → iPhone 6s → iPhone 6s Plus → iPhone SE(64GB) → iPhone SE(128GB) → iPhone 8 Plus → iPhone X → iPhone XS → iPhone 11 Pro → iPhone 12 Pro Max(現在使用中)。

持論

記録、記録、記録

» 「タスクシュート式」を実践するうえで記録が欠かせない理由

何も考えずにまず記録をとってみることです。1日でも半日でもいいので、自分の行動をつぶさに記録に残してみること。そうすることで初めて記録の効用の片鱗が見えてきます。何が期待できて、何が期待できないのかが何となく見えてくるはずです。

僕の場合は、記録を通して「毎日いろいろなことをやっているように見えて、実は一日の大半は同じことの繰り返しに過ぎなかった」という発見が得られました。その時は必要だと思ってやっていたことでも、一日単位、一週間単位で俯瞰することで、「ただ何となくやっていただけだった」ということに気づくこともありました。

かけた時間もあわせて記録しておくことにより、その行為にかけるべき時間として適正であったかの検討も行うことができます。「5分だけだから」と思っていても、それが毎日なら一週間で35分、一ヶ月で2時間半、一年でまる一日という時間にふくらみます。

電気代の節約のような、ちまちました話のように見えますが、お金と違って時間には上限があるので、ほんの少しの時間であってもゼロでないものには注意を向けるに値します。

「ほんの5分の無駄」でも、それによって今日の就寝時刻が確実に5分遅くなるからです。起床時刻に比べて就寝時刻はマイルドにしか管理されない傾向があります。でも、十分な睡眠をとった状態で目標とする起床時刻に目覚めたければ、就寝時刻をきちんと守るしかありません。早起きは気合いで実現するものではなく、就寝時刻を守ることで実現するものなのです。

記録を続けることで、「この時間帯にこれをするとめぐりめぐって早起きが難しくなる」という現実が鮮明になります。「まだ外は明るいから少しぐらい大丈夫だろう」という油断の入り込む余地がなくなるのです。

僕にとっては、こうした油断を減らすことができることも記録を続ける効用となっています。


» なぜ分単位で行動記録を残すのか? ずっと取り続ける必要があるのか? 意味はあるのか?

  • ふと時計を見ると22:57。
  • 今日やろうとしていた仕事はひとつも終わっていない。
  • どうしてこうなった?

ここで記録が残っていれば、すなわち、22:57に至るまでのジャーナルがすべて残っていれば、どの時点で“道”を誤ったのかを辿ることができます。

原因を特定できれば、翌日以降はトランザクション処理の方法を改めることができます。

ジャーナルが残っていなければ、もう自分を責めるしかなくなります。

逆に、仕事が予定通りに進み、定時で退社できた、という場合は、その日のジャーナルをそのまま翌日にコピーし、これに沿って行動すれば、翌日もまた同じように定時で退社できる可能性が高まります。

つまり、良い結果をもたらしたジャーナルを引き継いでいくことで、良い結果の再現性を高めることができるわけです。


» 考えても分からないことでも、書き続ければ少しずつ分かってくる

書き続けていれば、自分のことがもっとよくわかるようになる。何であれ書くのは手間のかかることなので、わざわざ書くに値するものであれば、それは自分にとって大切な何かである可能性が高い。

何が好きかが分からなくても、書き続けられる何かを追いかけていくと、その道中でヒントが見つかる。それを拾ってまた書き続けていると、さらにヒントが見つかる。最終的な答えに肉薄できているという予感が、さらに書き続ける意欲をかきたてる。

(中略)

一方、何も書かないでいると、直近の記憶と過去の印象的な記憶のみで闘わなければならなくなる。これといって何が好きなのかもよくわからず、「特に変わったところはない、ごくごくフツーの人間です」としか言えなくなってしまって、落ち込む。


行き当たりったり

» 偶然を積み上げていく生き方

最初の4年間の正社員時代より後は、その場その場の出会いや関心に基づいて行動していたことがわかります。そして、その岐路にはたまたま知り合った人が重要な役割を果たしていたりもします。

このような「キャリア」は新卒で会社に入った当時は想像もつかなかったことでしたし、予測も計画もできない道のりであり、何がどのように影響するのかもわからない道のりです(僕に限らず多くの人にも当てはまるとは思いますが)。

でも、わからないことはむしろ都合の良いことだと思っています。あらかじめわかってしまったら、それに備えて心の準備をしてしまうために、たまたま目の前を通りかかった「チャンス」を予定外のものとして排除してしまうかもしれないからです(「これは自分には関係ない」などと)。

映画を観るときに事前知識なしに観た方が楽しめることに似ているでしょう。


» 行き当たりばったりだからこそ、うまくいく。

つまり、たまたまであれ、とにかく思いついたことをやってみる。思ったとおりにできなかったとしても、何らかの結果が得られますから、これを糧にまた別のトライアルを重ねる…うちに「こういうこともできるんじゃないか?」という、文字通り思ってもみなかったアイデアが降りてくる。


「ありのままの自分」は100点

» 記録とふり返りが“視力”を取り戻すカギになる

記憶は思考や感情によって知らず知らずのうちに歪められてしまうことがあるが、記録はそれ自体は変化しない。

何が記録に残されるかは、何を記憶してきたかによって決まる。記録は記憶の支配から免れることはできない。

逆に言えば、すでに思い出せなくなっている記憶にも「記録をしたい」と思える対象を通して、あるいはそのようにして残された記録を通して、バイパスを通すことができる。

何を記録に残して、何を記録に残していないかがわかれば、「思い出せなくなっている記憶」のしっぽをつかむことができる。

これが「ありのままの自分」の実体ではないか、と僕は考えている。

記録とふり返りを通して、「ありのままの自分」に肉薄していくプロセスは、年を重ねる中で少しずつ失ってきた“視力”を回復する道程でもある。


» 「違い」を出したければ、「違い」に注目すればいい。好きを仕事にするヒント。

がんばって見つけようとしなくても、むしろ向こうから目に飛び込んでくる「違い」。

これをみすみすスルーするのは実にもったいないことです。

「あれ、これは何だろう?」と他でもない自分の注意を引いたのなら、とことん追い求める。その先に求めていたものがあると思うのです。

同時にそれは自分に求められていることでもあったりします。

(中略)

がんばって「違い」を出そうとするのではなく、そもそも「人と違う自分」を見つけ出せばいい。

それを見つけ出していく終わりのないプロセスを「好きを仕事にする」と呼ぶのだと思います。


» 存在ではなく存在感で価値を出していく

ラクな選択を続けていると、少しずつ確実にツラい状況に追い込まれていきます。

だからこそ、何らかの形でツラい選択を受け入れる必要がある。

でも、ツラいので続きません。

そこで役に立つのがルーティンです。

ルーティンとは、判断の余地を限りなくゼロにした状態でツラい選択を自動的に受け入れるための仕組みと僕は位置づけています。

何なら、むしろルーティンに従うほうがラクな選択肢であるように“ラッピング”する(自分をだます)ことまでも含みます。

従って、ルーティンに従うのはツラいからイヤだな、と感じるとしたらルーティン設計が間違っています。

タスクシュートは要するにルーティンなので、タスクシュートが面倒と感じるとしたら理想を追いすぎている可能性があります。

とにかく、自立と自律で自走できる体制をつくり、これを維持します。


 

年譜

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