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表現制御の技術 | Aliice pentagram

倉下忠憲

» 前回:表現制御について | Aliice pentagram



前回書いたように、表現制御とは「いかに〈ひとにわかるかたち〉に整えるか」を担当します。その中には、複数の要素があるわけですが、一番わかりやすいのは「読みやすい文章」にすることでしょう。作文技術に関する書籍でも、その点が大いに注力されています。

さて、「表現制御」という表現からは、言いたいことはもうあらかじめ決まっていて、あとはいかにそれを言い表すのか、という雰囲気が感じられますが、実際はそんなに単純なものではありません。

表現制御におけるノウハウも、そこに注目します。

基礎となる自問

読みやすい文章を書くことは、読みやすく文章を整えていくこと、と言い換えられます。つまり、最初から「読みやすい文章」を出力するのではなく、とりあえず文章を出力し、そうして出力した文章に後から手を加えることで、読みやすくなるように整えていく。こういう作業です。

そのような整形作業の際に役立つのが、自問です。

自問は、文章作成における工具のような働きをしてくれます。金槌であったり、釘抜きであったり、鑢であったりと役割はさまざまですが、それらの工具を使って、執筆者は文章を整えていきます。

たとえば、こんな自問は読みやすい文章に整える上で役立つでしょう。

「この文で言いたいことは何か?」

一見バカげた問いに思えます。しかし、書き手がその文を通して言いたいことがわかっていないと、伝わらない文章ができあがるのは当然でしょう。そして、それがわかっていないことが多々あります。

それは別に執筆者の能力が劣っているからではありません。人の頭の中にある考え・思念・観念・メッセージは、はじめから漠然と(あるいは多義的に)存在しているものです。それを「そのまま出そう」としたら、とっちらかったものになるのは当然でしょう。だからこそ、それをより整った形に整形していく必要があります。

「この文で言いたいことは何か?」という自問は、そのような作業のトリガーとなってくれます。

昇る階層、混じる位相

さらに、この自問は階層的に広がります。「この段落で言いたいことは?」「この章で言いたいことは?」とより大きな構造についても適用できるのです。

もちろん、一番上には「この完成物で言いたいことは?」という自問が待っています。ここまでくると、文章レベルの表現制御ではなく、構築物レベルを扱う概念構築の話となります。つまり、階層を昇るどこかの段階で位相がずれるわけですが、それがどこなのかは問題ではありません。前回書いたように、究極的には二つは同じものだからです。だから、ここではその差異については考えないようにします。

あくまで、これから自分が作り出そうとしているものは一体何なのかを、作る前ではなく、作りながら、あるいは作り出した後に考えることは、〈ひとにわかるかたち〉に整える上で役に立つ、ということを覚えておけば十分です。

その他の自問について

他にも工具となる自問はたくさんあります。たとえば、「自分の伝えたい通りに読める文章になっているか?」「他の意味に解釈できる文章になっていないか?」といったものです。それらをすべて紹介している余裕はありませんので、ここでは参考文献を示すに留めます。

» 数学文章作法 基礎編 (ちくま学芸文庫)[Kindle版]


» 理科系の作文技術(リフロー版) (中公新書)[Kindle版]


どちらか、できれば両方読まれると、読みやすい文章作成の勘所、言い換えれば必要な自問がわかるでしょう。

とは言え、こればかりはいくらテクニックを示しても、どうしようもありません。釘を打つ動画をどれだけ見ても、それで釘が打てるようになるわけではないし、実際に釘が打たれるわけでもない、というのと同じです。

ノウハウは、実行して、つまり実際に手を動かして身につけるものです。ですので、小さい文章でもいいので、まず「とりあえず文章」を出力し、それを読みやすくなるように整えていくトレーニングを重ねていくしかありません。こればかりは、ショートカット不可能です。

さいごに

表現制御については、細かい話が多くなりますし、文章作法系の書籍もたくさん発売されているので、本連載では込み入った話には立ち入らないようにしておきます。しかるべきタイミングがくれば、またまとめ直すかもしれません。

これで、知的生産の五芒星の五つの要素が紹介できました。

残るはあと一つ。「姿勢」についてです。

▼今週の一冊:

文学論のようにも思えるタイトルですが、もっと縦横無尽な本です。

人と物語の関係。私たちはどのように世界を認識し、どのように自己を決定つけるのか。そこで物語はどのような役割を担うのか。文学の話も出てきますが、むしろ生きづらさとの付き合い方の話と言ってよいでしょう。

» 人はなぜ物語を求めるのか (ちくまプリマー新書)[Kindle版]


▼編集後記:
倉下忠憲



5月くらいは「おお、結構余裕だな」と思っていた原稿でしたが、途中でマリアナ海峡に近い穴に嵌り込んでいたため、「えっ、もうあと一ヶ月もないの?」という状況に至っています。進捗、一寸先は闇です。とは言え、ある程度乗り越えたので後はガリガリと進んでいくだけです。


▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。


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