情報摂取が抱える課題 | Aliice pentagram

倉下忠憲前回:知的生産の五芒星の続き。

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今回は、「知的生産における情報摂取」について考えます。

情報摂取の重要性

知的生産は、新しい情報を生み出す行為です。

そして、その情報は既存の情報を利用して行われます。既存の情報を組み合わせたり、置き換えたり、分析したりして、新しい情報を生み出すのです。

よって、知的生産には情報の摂取が欠かせません。それがまったく存在しない知的生産は皆無でしょうし、それがまったく存在しない知的生活は想像すらできません。

摂取する情報は、最終的な生産物の素材になるだけではありません。それは、大きな方向性を決めるコンセプトであったり、構造を制御する設計図ともなります。物的生産物では、素材(物質)とコンセプト(情報)は、それぞれ別のレイヤーに属していますが、知的生産物は、両方とも同じレイヤーなのです。どこまでいっても、情報を欠くことはできません。

そうした重要性を考慮すれば、情報摂取については慎重に考える必要があるでしょう。

また、現代は情報社会(あるいは情報過多社会)でもあるので、議論の対象は山ほど存在しています。その一つひとつについて、冷静に考えていかなければ、土台のしっかりした情報摂取は行えません。

というわけで、まずは、主要な課題についてみていきましょう。

シグナル&ノイズ

現代の問題は、情報が足りないことよりも、情報が多すぎることである、といった話はよく聞きます。これも吟味すれば、ツッコミどころはいくつも出てきますが、たしかに個人が容易に入手できる情報の量が爆発的に増えている側面はあります。

そのような状況において、情報摂取は何に気をつければよいでしょうか。一つには、シグナルとノイズをきちんと見分けることでしょう。言い換えれば、「何を読めばいいのか」を決める、ということです。一昔前なら、「岩波文庫はとりあえず読んでおけばいいよ」みたいな雰囲気が存在したかもしれませんが、現在ではそういう共通基盤は成立しにくくなっています。

今では、個人の判断で、自分の好きなものが読める環境があります。しかし、そこに入り込んでくるものは玉石混淆であり、真偽もあやふやで、十分な批判を乗り越えていない可能性があります。

「インプット」という言い方をすると非常に軽く思えますが、その行為を「情報を脳の一部として取り込む」として捉えれば、真偽のあやふやな情報を摂取することの「危なっかしさ」が感じられるかもしれません。

フィルターバブル

さらに「自分の好きなものを読める」という環境は、非常に偏った情報摂取を引き起こす可能性があります。テクノロジーが進歩して、自分の好みにぴったりな情報がレコメンドされるのはたいへん便利ですが、それが本当に良いことなのかは改めて考える必要があるでしょう。

食事でも、偏食はあまり推奨されていません。栄養素の偏り(とそこから引き起こされる欠乏)は、体によって良いことではないでしょう。あえて体をこわすように食事しているならともかく、そうでないならばバランスを意識する必要があります。しかし、レコメンドの強化はむしろそれと逆に働く可能性があるのです。

時間不足

情報が多すぎることの問題は、情報を摂取する時間もまた多くなることです。特に安価、ないしは無料で情報が大量に手に入る場合、その問題はより顕著な形で現れます。

情報を摂取するだけするのは良いとして、それについて考える時間がまったく持てないのはどうでしょうか。あるいは、自分で何かを書き表す時間が減るのはどうでしょうか。

インプットとアウトプットにおいてもバランスが必要ですが、インプットに偏りすぎていて、その情報を咀嚼する時間までもがなくなってしまうのは、知的生産活動においてはいささか致命的です。

また、咀嚼をせず、ただひたすらに放り込んでいけば、やがては消化不良を起こすでしょう。それは情報摂取においては、メンタルや知性(マシュマロテストで測定される類の知性)に影響を与えるかもしれません。

ジャンクフード

もう一つ、情報過多社会で起こりがちなのが、カロリー過多です。

発信者の立場で考えてみると、情報が多い社会とは、ライバルが多い社会です。よって、読んでもらおうとするならば、できるだけ読み手の興味を引く工夫をしたくなります。それはテーマの選び方なのかもしれませんし、メッセージの伝え方なのかもしれません。どちらにせよ、読み手の心を惹きつける何かを盛り込みたくなります。

どぎつい表現、極端な断定、不安や怒りを煽る言葉遣い、スキャンダルな要素……、考えられる「工夫」はいくらでもあります。そして、それが競争原理によって拡大していくのです。

結果、私たちの目に入るのは、胸焼けするようなコンテンツばかり、ということになりかねません。レコメンドシステムがそれに拍車を掛けます。私たちがついついクリックしてしまうものが選ばれるということは、私たちがついつい食べてしまうもの(デザートやジャンクフード)が「あなたにオススメの毎日の食事」として提案されることと同じです。

はたしてそれは健康な食生活に適しているのでしょうか。

さいごに

「知的生産の五芒星」(Aliice pentagram)において、「情報のインプット」ではなく「情報摂取」という言い方をしているのは、私たちの目にする情報が、まさに私たちの「血肉の一部」になるからです。もっと言えば、それは「脳の一部」となります。コンテンツは私たちの脳に作用するのです。

四六時中情報に囲まれているかのような現代においては、「情報摂取の技術」は知的生産における重要性だけではなく、もっと広く社会生活全般における重要性を獲得しつつあると言ってよいでしょう。

▼参考文献:

情報は多ければ多いほど良い、という信念を否定してくれる本です。

» シグナル&ノイズ 天才データアナリストの「予測学」[Kindle版]


現代の情報環境がもたらすものは何か。行きすぎたパーソナル・カスタマイズに警鐘を鳴らす本でもあります。

» フィルターバブル──インターネットが隠していること (ハヤカワ文庫NF)


自分を戦略的にコントロールする力こそが、その人の資質を伸ばす土台となります。知的生産においても重要でしょう。

» マシュマロ・テスト 成功する子、しない子 (早川書房)[Kindle版]


▼今週の一冊:

読書好きの人ならば、「あるある」と笑えるお話が一杯です。若干風刺的でもありますね。ともかく面白いです。

» バーナード嬢曰く。: 3 (REXコミックス)[Kindle版]


▼編集後記:
倉下忠憲



進めている電子マガジンがいよいよ大詰めです。残すところ2割の作業といったところ。一応素材的にはほとんど完成していて、あとは細かい情報の補足と、最終チェックを終えるだけです。なんとか11月20日は完成できそうです。


▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。


» ズボラな僕がEvernoteで情報の片付け達人になった理由


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