いくつかの実験では、強力なインセンティブを与えられると、被験者は自我消耗の影響に抵抗できることがわかった。
これに対して、タスクをこなしながら六桁の数字をしばらく覚えておくようにと言われたときには、被験者はさらにがんばる気にはならなかった。
このように、自我消耗と認知的に忙しい状態とはちがうものである(p64、太字は佐々木)。
「自我消耗と認知的に忙しい状態とはちがう」というこの一節は重要だ。
予備知識がないとわかりにくいのだが、ここは、エンジンの回転数という比喩で切り抜けたい。
「認知的に忙しい状態」というのは、エンジンの回転数が、ギリギリの高速回転を強いられているということだ。
エンジンの回転数には上限がある。「これ以上あげられない」という限界があるということだ。
これに対し「自我消耗」とは、エンジンの高速回転を断続的に続けるのは、よろしくないという意味だ。
一時的に「過熱気味になる」ことをしたら、回転数を下げるような運転を、ふつうはする。
しかし「自我消耗」のほう、つまり「エンジンの高速回転」を「続ける」ということであれば、やめていおいたほうがいいが、事情によっては「続ける」ことも可能だ。
つまり「強力なインセンティブを与えられると、自我消耗の影響に抵抗できる」のである。
これに対して、これ以上高速にできない回転数は、どうやっても乗り越えられない。
すなわち「タスクをこなしながら六桁の数字をしばらく覚えておくようにと言われたときには、さらにがんばる気にはならない」のだ。
実務的な問題はどちらも起こる。職場によって傾向は異なるだろう。
エンジンの高速回転の上限に挑む。すなわち曲芸師みたいにマルチタスクをこなすという問題は、たぶんあわただしい、騒然とした職場の問題だ。
電話に答えながら、上司の話を聞き、その傍らで無関係の文書を作成し………という状況だ。
一つ一つの仕事のスキルがアップすれば、同時にこなせることは増える。
しかし、エンジンの回転数自体を高めるのは、ほとんど不可能であり、車(私やあなた)がもともともっている限界を超えることは「強力なインセンティブ」が与えられてもできない。
もう一つの「限界ギリギリではないにせよ、ふつうより高速回転する状況が断続的に続く」という職場は、べつに騒然とはしていないかもしれない。
しかし休みが少ないのが問題だ。
休憩によって、精神力のおおもと(よくMPに喩えられるが、車の比喩で言えばガソリン)が増えるわけではない。
車を休ませてもガソリンは増えない。
しかし、エンジンを荒っぽく使ったら、冷却した方がいい。自我消耗における休憩は、この冷却効果にあたる。
つまり私たちの精神は、3種の異なる限界に突き当たるのだ。
- 1.回転数の上限
認知的忙しさの限界。1度にこなせる仕事量には限度があり、それを越えようとしてもミスが増えたりするだけ。 - 2.エンジンの過熱
自我消耗。休まずに働き続けると壊れかねない。そこまで行かなくても機能が大幅に落ちる。 - 3.ガス欠
おおもとの精神力の枯渇。睡眠によってしか回復しない。
対策は、上から、マルチタスクを避けること、休憩を取ること、寝ること、ということになる。
» ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか?
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