書くことは考えることであり、考えることは書くことである。
と言ったのは、実は私ですが、似たような発言はいくつも見つけられます。
たとえば、古賀史健さんの『20歳の自分に受けさせたい文章講義』には次のような文章が出てきます。
人は解を得るために書くのだし、解がわからないから書くのだ。
「解を得るために書く」は言い換えれば、考えるために書くということでしょう。通底するメッセージは同じです。
では、なぜ書くことは考えることにつながるのでしょうか。
あるいは、視点を逆にしてみてもよいでしょう。文章を書いていれば、それだけで考えたことになるのでしょうか。
さてさて、どうでしょうか。
この門をくぐり抜ける
なぜ書くことが、考えることにつながるのか。
それは、書くという行為に「自問」が伴うからです。
自分に問いを投げかけ、それに答える。
文章を書く際には、そうした行為が必要になる場合があります。
そして、それが「考える」ということです。
板坂元さんの『何を書くか、どう書くか』に、「自分のデータに質問をする」という項があります。
そこでは、文章作成の最初のステップが紹介されているのですが、そのステップは二つの段階から成り立っています。
まずこれから書くべきテーマについて、自分が知っている素材やデータをあらかた書き出す。
これが第一ステップ。
そうして書き出したデータに、質問を付けていく。
これが第二ステップです。
そこで付けられる質問は、たとえば次のようなものです。
- 「もっと正確な統計はないか」
- 「なぜそうなるのか」
- 「外国と比較したら」
- 「将来どうなるか」
- 「参考書は何か」
- 「誰に聞いたらよいか」
こうした問いかけに答えようとする中で、文章に厚みや奥行きや説得力が生まれてきます。
そして、それはそのまま「考える」という行為にもつながっていきます。
あるいは結城浩さんの『数学文章作法 基礎編』、『数学文章作法 推敲編』でも、「読者のことを考える」という大きな問いのバックボーンを示しながら、文章作成中に行われるべき自問がいくつも提示されています。
また、野口悠紀雄さんの『「超」文章法』はもっと直接的です。
各章に含まれる見出しの多くが、疑問文で構成されているのです。
どれもこれも鍵を握っているのは「?」という自問です。
文章を書く際に、この「?」という門をくぐり抜けるからこそ、書くことが考えることになります。
ここまで読んできて、「なるほど、そうかもしれない。でも、本当にそうだろうか? 違う事例は存在しないか?」と思われたかもしれません。
それが自問です。
自分で書いた文章に、それと同じような自問を投げかけられるなら、きっと面白い文章が書けるでしょう。
その逆は?
以上を踏まえると、「文章を書いていれば、それだけで考えたことになるか」についての答えはNoとなりそうです。
「自問」を伴うからこそ、文章を書くことが考えることにつながるのですから、「自問」を伴わない文章作成は考えていることにはなりません。
たとえば、コピペを集めただけの文章、あるいは流行り言葉の借り物やテンプレしかない文章は、「自問」を通り抜けずに生み出すことができます。
これでは何も考えていませんし、そうした文章をいくら量産しても、「思考力」と呼びうるものは身につかないでしょう。
結局のところ、考える力とは有効な問いを立てる力と、それに答えようとする知的体力からなり立っています。
そして、その二つは、やはりある種のトレーニングによって鍛えるしかないのです。
文章を書くことは、その良いトレーニングとして機能してくれますが、それはもちろん「自問」を伴った場合にのみ言えることです。
さいごに
文章に向き合うときの「自問」には、ほんとうにいくつものバリエーションがあります。
そして、その自問の「偏り方」が、個性としか呼びようのないものとして表出します。
ある人は正確さに、ある人はわかりやすさに、ある人は笑いに、ある人はちゃぶ台をひっくり返すことに__それぞれの人が書く文章には偏りがあります。
それは表面的には「視点の持ち方」の違いなのですが、根源的には「疑問の持ち方」の違いが存在しています。
ときとして、「この文章を書いている自分自身は何者か?」みたいなややこしい自問が発生する場合もありますが、それもまた個性(としか呼びようのないもの)です。
「自問」を避けることなく、むしその中に積極的に飛び込むように文章を書いていけば、思考力だけでなく個性みたいなものも滲み出てくるかもしれません。
▼参考文献:
「思ったことをそのまま書く」という無理難題を「翻訳」という概念を用いて丁寧にかみ砕いてあります。
現時点では入手困難な本ですが、なかなか面白い本です。
「数学」を抜きにしても、説明文を書く上で助けになってくれる一冊(というか二冊)。
文章を書くノウハウが、コンパクトにまとまっています。
▼関連エントリー:
» 『数学文章作法 基礎編』から良質の自問をインストールする
▼今週の一冊:
養老孟司さんの対談集。文系かどうかについてはあまり関係ないかもしれません。
対談相手は、森博嗣さん、藤井直敬さん、鈴木健さん、須田桃子さんの四人。
それぞれ面白いですが、鈴木健さんのお話が一番興味が湧きました。
Follow @rashita2
最近Kindleで電子書籍をぽちぽちしているのですが、明らかに読了する速度よりも購入速度が上回っています。
本棚に積ん読(と言うのかしら)が溜まる一方です。
なぜか紙の本を先に手にとってしまうんですよね。不思議です。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。