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先送りの時間心理学

柏木吉基さんの『人は勘定より感情で決める』(技術評論社)を読むに当たって、もう一度、ダン・アリエリーの『予想どおりに不合理』(早川書房)を読み返しました。この二冊に加え、『あなたはどれだけ待てますか』(草思社)を読み進めるうちに、「時間に関する不合理な感覚」というものが、少し見えてきたように思います。

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もちろん、行動経済学は「お金に関する不合理な考え」を扱った学問ですが、ダン・アリエリーの言う「何度も繰り返される(つまり予測可能な)不合理性」は、消費行動だけでなく、ダイエット、先延ばし、遅刻、夜更かしなどにも適応できるはずです。

そのような不合理性がお金に関わってくる話もさることながら、時間に関わってくることも、とても興味深いのです。というのも、これが理解できれば、少しは時間を合理的に扱えるようになり、自分にこれといったメリットをもたらさない「先送り」も「遅刻」も、回避できそうな気がしてくるからです。

「時間がかかること」に対する解釈

私自身は、いつも時間の見積もりを施してからタスクに取りかかるようにしていて、これには例外がありません。この習慣からいつも感じることですが、ごく短い見積もりのタスクはともかく、長時間かかると予測できるタスク(たとえばこのシゴタノ!原稿を書くような場合)だと、両義的な気持ちに悩まされます。

・より短い時間で終わらせたい
・より長い時間をかけて、ゆったりとやりたい

つらさということでいえば、せかされるからつらくなるという面と、長い時間没頭するからつらくなる、という面とがあります。また、楽しみという面でいえば、短時間で集中的に書く楽しさと、時間をかけてじっくりエントリを作っていく楽しさとあります。いずれにしても、両義的なのです。

『予想どおりに不合理』の中に、ダン・アリエリー教授が「詩を朗読する」という面白い実験がありました。ある学生グループからは、「詩を朗読してやるから金を取る」のです。この場合、長ければ長いほど、高いお金を請求します。

別のグループには、「お金を払うから、詩を朗読させて」と頼みます。この場合には「下手な詩の朗読を我慢してもらう」ので、長ければ長いほど、たくさんのお金を支払わなくてはなりません。

その結果、お金を払った学生たちは、もっと支払ってもいいから、詩の朗読を聞きたいと言い、お金をもらった学生たちは、お金をもらえるなら、我慢してやってもいい、と答えました。認知的不協和をイヤでも思い出しますが、それにしても面白い実験です。

どちらのグループの学生も、わたしの詩の朗読がお金を払ってでも聞く価値のあるレベルなのか、お金をもらえるなら聞いてやってもいいレベルなのかわからなかった(学生たちはそれが喜ばしいことなのか、つらいことなのかわからなかった)。ところが、わたしにお金を払うべきか、あるいは自分が受け取るべきかという第一印象がいったん形成されると、さいは投げられアンカーが定まる。
『予想どおりに不合理』(p74)

タスクの話に戻しますと、まず、長時間かかるような、しかも両義的なタスクの第一印象の形成はとても大事だということになります。これを「長時間かける価値のある楽しいこと」と定めてしまえば、おそらく「楽しさ」をある程度は確保できます。ただし、そうすると他のタスクにかけられる時間が、それだけ削られるという問題も考慮しなければなりません。いずれにしても私自身、長時間タスクが本当は喜ばしいのかつらいのか、わかっていないということはありそうです。

行動から「果実」を引き出すために時間をかける

この両義性が、ある種の、一見したところきまじめそうで、きちんとした人を「遅刻魔」にしてしまう心理的要因だと考えられます。なぜなら、こういう人は「仕事を楽しもう」としたり「仕事のよい面を見よう」としたり、「やっつけ仕事ではなく、自分を成長させよう」としたりするからです。

これらのいずれも悪いことのはずがありません。価値のある品物を手に入れるのがたくさんのお金だとすれば、価値のあるタスクに注ぐべきは、労力と時間でしょう。時間をかけることそのものが価値を認めていること、という行為もこの世にはあります。たとえどれほど有能な人間でも、たとえば天才的な男だからといって、恋人との会話は1分で、相手が満足するかといえば、そうはいかないはずです。

会話や「一緒に過ごすこと」に重きを置いているというメッセージは、時間をかけるしかありません。ある程度、仕事に「心血を注いだ」結果は、やはり時間がかかるでしょう。そして何より、ダン教授の朗読がそうであったように、自分が仕事をきちんとしたと思うには、一定程度の「時間をかけた」と思う必要があるのでしょう。あるいは、「時間がかかった」という事実が、「その仕事を充実してこなした」という認知をもたらすのかもしれません。

そうすると、短い時間で「やっつけ仕事」をすることに罪悪感を覚えるほどまじめな人は、どんなことにでも相当の時間をかけずにはいられなくなるはずです。逆に、仕事そのものを一種ネガティブなものと割り切って(「お金がもらえるなら我慢できるけどね」)、工場のロボットのようにこなしていけば、雑にはなっても短時間で「片付き」ます。

すでにお気づきでしょうが、この場合大事なのは「時間がかかる」ことではなく、「時間をかける」ことなのです。ですから、仕事のスキルそのものについていえば、有能か無能かは、あまり関係ないのです。ポイントは「罪悪感」と「充実感」、つまり心の側にあります。たとえ優秀な人でも、仕事を短時間で終わらせてしまって、それがために「仕上げた仕事に価値がなかった」ような気になってしまう、という心理に問題が残るわけです。

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▼編集後記:

もうすぐ子供が生まれます。もちろん第一子です。すでに経験者の方から、いかに大変になるか、時間がなくなるかのお話を次々にいただき、待ち遠しさより恐ろしさが先に立っております。

そん中で、ポメラでも買おうかと思ったりしています。何でポメラかというと、夜泣きなどで起こされたときに、原稿を書き進められるかとか思った次第です。それに、我が子に苛立ったときの自分の心理分析にも使えそうな気がします。泣く子、それも一歳に満たない自分の子に苛立つなんて、理不尽な気がしつつ、それを止められない心理には、いろいろ思うところがありそうです。

やっぱりオレンジかなあ。

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