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仕事の見積もりが「理想的」すぎてうまく回らない理由

長期にわたる、大規模で、多くの人間が関わるプロジェクトが、予想の期間内に完了し、予想の予算範囲内に収まることはめったにない。多くの人がこの事実を何度も了解させられているにも関わらず、凝りもせず何度でも「ベストシナリオ」を描く。だとすればその描く心理には、お定まりの法則のようなものがあるにちがいない。

それをダニエル・カーネマンは「外部情報に対する忌避」という観点でまとめている。小規模だろうと大規模だろうと、人は計画を立てる際、客観的データを用いようとしない。統計を無視したがる。「外部の情報などアテにならない」と言う。

その時、人は決まって次のようにいいたがる。「一つ一つのケースはみなちがう」。この言葉は大変強固に信頼されている錯覚である。「一つ一つのケースはみなちがう」から、統計などアテにならない。過去のデータなど意味がない、というのだろう。

TaskChuteを人にすすめるたび、もっとも強い抵抗はこれとまったく同じ表現でなされてきた。極端なケースだと「私の行動にルーチンはない」というのだ。だからログは信頼できない。アクションの見積もり時間など出せるはずがない。「私の一つ一つの行動はみなちがう」のだから、「どうして新しい未来の行動にかかる時間など見積もれる?」

「外部情報」がどんなに信頼におけないものに思えても、「内部情報」(ベストシナリオ)に沿って動こうとするよりははるかにマシだ。私達はしょっちゅうお茶の間のテレビで「政府の計画ミス」を小馬鹿にしながら得々としているのに、同じような大甘な見積もりを立てては電車に乗り遅れる。

一九九七年七月、スコットランドの新しい国会議事堂をエジンバラに建設する計画が議会に提出された。総工費は四〇〇〇万ポンドと見積もられていた。一九九九年六月には、予算は一億九〇〇万ポンドに修正された。

ファスト&スロー (下): あなたの意思はどのように決まるか?
ファスト&スロー (下): あなたの意思はどのように決まるか? ダニエル・カーネマン 友野典男(解説)

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この段階でもマスメディアが騒いでいいだろう。なにしろ、2年たってやったことが予算を5倍弱上方修正することだったのだ。

二〇〇〇年四月になると、議会は予算上限を一億九五〇〇万ポンドとする法案を可決。

まだまだ続く。

二〇〇一年一一月には議会が「最終予算見積もり」を出すよう要求し、二億四一〇〇万ポンドという見積もりが提出された。この見積額は二〇〇二年中に二度上方修正され、年度末時点で二億九四六〇万ポンドとなった。

「最終計画」を二度立てるくらいは誰にとっても朝飯前である。人によっては二〇度くらいは立て直す。それにしても読者は最後には、スコットランドの国会議事堂がいくらくらいで建ったとお考えになるだろうか? そもそも建つのだろうか?

しかし二〇〇三年に三回にわたって修正され、六月時点で三億七五八〇万ポンドとなる。そして二〇〇四年に、ついに新議事堂は落成した。総工費はおよそ四億三一〇〇万ポンドに達していた。

七年という歳月は、予測の何倍の年月だったのだろう? 予算は十倍。これはなにかと評判の「日本政府」や「中国政府」のやったことではなく、一昔前のリベラリストから好評の「欧米」(それも西欧)における話である。ちょっと信用ならないという方もいらっしゃると思うので、PDFのレポートもよろしければご覧ください。全部無料で読める。

(英語ですが、雰囲気は文章を読まなくてもだいたい伝わるはずです)。


www.scottish.parliament.uk/SPICeResources/HolyroodInquiry.pdf

「外部情報」は最強のツール

私自身「外部情報」を参照にしたくないという気持ちは理解できる。いざやろうと思うと、強い抵抗を覚えるのだ。

私は今神奈川県の中郡に住んでいる。実家の埼玉県朝霞市に、家族で戻って所用を済ませるとなると、その予定を組むことになる。このとき面白いというか自分の日頃の言い分からすれば恥ずかしいことが起こる。「ベストシナリオ」を頭が勝手に組んでしまうのだ。

例えば今年の4月26日、実家に帰って、そこでこのシゴタノ!の大橋さんとスカイプをして、その間妻は朝霞の病院へ行って、私はその後、娘と夕食を済ませておくという「ベストシナリオ」を組んでいた。ベストシナリオでは次のようになるはずだった。

08:00 朝食
09:30 自宅 → 朝霞
12:00 実家で昼食
13:30 妻を病院へ送る
15:00 スカイプ

これは全然無理のない計画だと思った。8時に起きて食事をし、9時30分に出発すれば、あとは自然とうまく流れる。ところが現実は次のようになった。

09:05 朝食
10:31 自宅 → 朝霞
14:15 マクドナルドで昼食(妻の病院はキャンセル)
16:00 スカイプ(予定では15:00)

こんなことはよくあることである。問題は、私は4月25日の時点で、こうなることが分かってよかったということだった。過去3度以上の統計の教えるところでは、実家に帰るときにはいつでも14時付近に外食して昼食をとることになっていたからだ。

「でも過去がどうあれ、記録がどうあれ、朝8時に食事として、12時に朝霞に着くくらいできるはずだ」と思ってしまう。実際それは「できる」のである。でも現実は決してそうならないというだけだ。私のやるべきプランニングとは、過去の統計をそのまま「今日の予定」にしてしまうことなのである。TaskChuteならそんなことは簡単にできる。やろうとしないのはベストシナリオにこだわる私の心理的問題である。

▼編集後記:
佐々木正悟

8月25日 第10回タスクセラピー タスク管理ツールを「秘書」にするために(東京都)

タスクセラピーのお知らせです。

今回のテーマは「タスク管理ツールを秘書代わりにする」です。

人によっては「朝に作ったタスクリストが、夕方にはもう役に立たない」ということもあるかも知れません。私達の「ベストシナリオ」への傾倒はとても強いので、1日の始めの段階では、昼すぎがどうなりそうかすら判断しにくいのです。それくらい理想に目がくらむわけです。

何とか「現実的なリスト」を用意できるようになって、それでも毎日をつつがなく回せるというようになる。それを目指すのが今回のタスクセラピーです。