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記憶とは言葉である──『舟を編む』を読んで

池田千恵遅ればせながら、2012年本屋大賞第一位、三浦しをんさんの『舟を編む』を読みました。
 


何気なく使っている言葉の意味を、より深く考えるきっかけとなる本でした。読み進めると、言葉の意味に敏感になり、ページをめくる手が辞書を引くことで止まるような一冊。それも、面倒くさいけどしょうがなく辞書を引くのではなく、わくわくしながら引いて、言葉がもつ深さを噛み締めながら読み進めることができる本でした。

全体的に「言葉への愛」「言葉を愛する人への愛」にあふれた一冊ですが、特にぐっときたのは、登場人物の女性の一人である板前、香具矢さんの言葉でした。

以下、少し長いですが引用します。


記憶とは言葉

「料理の感想に、複雑な言葉は必要ありません。『おいしい』の一言や、召し上がったときの表情だけで、私たち板前は報われたと感じるのです。でも、修行のためには言葉が必要です」

「私は十代から板前修業の道に入りましたが、馬締と会ってようやく、言葉の重要性に気付きました。馬締が言うには、記憶とは言葉なのだそうです。香りや味や音をきっかけに、古い記憶が呼び起こされることがありますが、それはすなわち、曖昧なまま眠っていたものを言語化するということです」

「おいしい料理を食べたとき、いかに味を言語化して記憶しておけるか。板前にとって大事な能力とは、そういうことなのだと、辞書づくりに没頭する馬締を見て気づかされました」

どんなに良いものを持っていたとしても、それを表現できる言葉を持たないと、自分の頭の中だけでぼんやりと完結しまい、外に広がって行かない。そのもどかしさ、そして言葉を学ぶことの素晴らしさが端的に表現されていて、とても好きです。

この本は小説で、純粋にエンターテイメントとして楽しめますが、ビジネスにおいてのコミュニケーションを学ぶ本としても楽しめます。想いを言語化して相手に正しく届けて分かってもらうという点で、仕事と言葉は切っても切れないからです。

自分が発した言葉で、相手に、自分が思ったこととなるべく近いことを思ってもらわないと、コミュニケーションはうまく行かないし、広がって行きませんよね。

「あーもう!なんで分からないの?」
「普通はわかるでしょ?」

と、上司や部下、取引先にイライラしても、当然思い通りに動いてはくれません。きちんと思いを言語化し、かつ意図した通りに伝えられないと、あらゆる悩みを引き起こします。

言葉の意味を正確に理解して使えなかったばかりに、意図しない結果を引き起こしてしまっていた過去の「アイタタタ」な自分に読ませてあげたい本だと思いました。

「辞書を引け」

もちろん私も試行錯誤しながらコミュニケーションについて学んでいる最中なので偉そうなことは言えませんが、過去の私は、今よりもはるかにコミュニケーションが下手でした。自分ではお客様の依頼や、上司の指示通りに動いているつもりなのに、毎回とんちんかんなことをしてしまうのです。

ホワイトボードに書いてあった上司のメモを、私への指示だと勘違いして、重要な書類を捨ててしまったり、ホウレンソウ(報告、連絡、相談)」の違いも分からずに、いきなり上司に話しかけ、「で、何問題?」と返されてフリーズしてしまったりを繰り返していました。

そんな私の行動を見て、上司は「あなたは聞いたことを“自分語”に読み替えてしまうからおかしい行動になるんだ」「私があなたに言った注意事項を一字一句、言葉を変えずにそのまま書き出して見直すように」と言いました。そこで、上司の言葉をそっくりそのまま、言葉通りに把握する訓練を、始業前に会社近くのファストフード店で始めたのです。

注意されたことをそのまま頭の中で繰り返すと、感情がだんだんと、どす黒い固まりとなって重く沈殿してしまいますが、とりあえず感情を抜きにして書き出すことによって、上司の正確な意図を少しずつ読み取ることができ、モヤモヤが固まりにならないうちに消えていくのを実感しました。

また、同時に「辞書を引け」と何度も繰り返し注意されました。「ビジネスにおいて、自分はこうだと思った、は通用しない」「確実に相手と自分の認識を同じにするために、正しい言葉を覚えなさい、自分が何をすればいいかを明らかにしてから動きなさい」と教えられました。

この上司の言葉が、独りよがりの自分から脱却する大きな一歩となりました。今でも振り返ると、この出会いがなかったら今ごろ私はどうなっていたんだろうと、恐ろしい気持ちになります。上司には感謝してもしきれません。

それ以来、辞書は私の友達のようになりました。以前シゴタノ!でも記事にしましたが、私がいつでもどこでも辞書を持ち歩くのは、以前の苦い経験からなのです。

シゴタノ! 思いつきで言葉を発しないための、どこでも辞書引き仕事術


ちなみに私が頻繁に使っているのはiPhoneアプリの大辞林です。

大辞林

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普段、母国語だからと何気なく使っている言葉。意識して使うことで、相手に伝える語彙も増えて自分の知識にもなる。その素晴らしさを『舟を編む』から学びました。
まだ読んでいない方には全力でお勧めします!


▼池田千恵:
前向き早起きエバンジェリスト。朝を有効活用してビジネスの基礎体力をつける「Before 9(ビフォア・ナイン) プロジェクト」主宰。