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ノマドワーカー第0章:003「大好きなことについて書け」ば本当にいつか人気が出るのか?



タイトルのように言われて困る人の本当の問題は「好きなことが格好良くない」ということと、「好きなことはあるけどどれも中途半端」ということだと思います。

もう一つよく言われる「好きなことがない」ですが、これはおそらく問題ではないでしょう。好きなことがまったくないということは、欲がまったくないということであり、欲がまったくないならブログを書いたりノマド・ワーカー(それが何を意味したとしても)になったりする必要が一切なくなるからです。



好きなことが格好良くない

これはあり得ます。「写真を撮るのが大好きなら、それを毎日ブログにアップすればいい。絵を描くのが大好きなら、それをブログのテーマにすればいい」のは本当です。なぜならそれらは「格好いいから」です。

しかし本当に大好きなことは、革張りソファでくつろぎながら、キャビアを肴に高級ワインをすすりつつ、アダルトアニメを鑑賞することだったらどうでしょう?

なかなかブログにする踏ん切りがつかないかもしれません。シゴタノ!でも扱ってくれないでしょう。

しかしこういうテーマが問題になるのは、実際には「格好の善し悪し」ではないのです。全く同じ問題が実は「心理学」であってもあるのです。「そんなことはないはずだ。心理学ならそれをテーマに毎日エントリすればいい」と言われるでしょうが、それは間違いです。

おそらく私が連日「事象関連電位」だとか「ACTモデル」だとか「復帰抑制」だとかについてばかりエントリしていたら「アダルトアニメブログ」よりもずっと不人気になるはずです。誰にも読まれないということはそれでもないから不思議ですが、格好がつけば好きなことを書いていくらでも成功できるというものではありません。

問題はよく言われるとおり「見せ方」なのです。そして「見せ方」こそあれこれ試していいし、また試すべき部分です。「テーマ」は格好良かろうと悪かろうと、ブログで1つ決めたらあれこれ動かさない方がいいと思いますが、「見せ方」はむしろうまくいくまで動かしたらいいのです。

好きなことはあるけど中途半端

これもよくあります。おいしいものを食べるのが好きと言えば好き。野球を見るのも好きと言えば好き。村上春樹の小説を読むのも好き。でもどれも「専門」とか「オタク」とかの域には達していないから扱いにくい。

だからいくつかの小さな「好き」を統合して総合ブログという結論に至るのかもしれませんが、私はそれはおかしいと思うのです。

総合ブログは私が見る限り、ここにあるどれにもこれにも中の人が熱を入れているから総合ブログなのであって、どれも中途半端に好きではないからまとめて総合ブログにしています、というようには見えないのです。

私などは総合ブログを作れるとも作りたいとも思いません。私は自分の生活の全般にわたってそれほど強い愛情を持っていません。食べるのは確かに好きですが、一眼で強い印象を残すような写真まで残したいと思うほどではないですし、オリンピックも見るには見ますが、エントリを書くほど真剣に見ていません。

むしろ好きなことが格好悪くても中途半端でも、テーマをとりあえず1つピックアップして、あとは見せ方で実験したらいいいと思うのです。「中途半端」であればとくに、人気や見栄えなど、持続のためのモチベーションをテーマ以外の要素からもらう必要があるのですから、あれこれ実験して人気を博すことを視野に入れるべきでしょう。

見せ方を試す

ここで「試す」と言っているのは『仕事は楽しいかね』で言われているのと同じ意味です。この本の中では「偶然との出会い」が強調されています。情熱を注げる対象と偶然出会うのではなく、人気を博す対象との出会い、または「人気の博し方」は偶然見つけるものという考え方なのです。

専門性の強いテーマ(「心理学」)や、趣味性の強いテーマ(「リカちゃん人形への偏愛」)や、あるいは「平凡な」テーマをとりあげても不人気すぎてモチベーションを失ってしまうのは、それらのテーマを扱うブログがたいてい極端に排他的だからです。

「分かる人には分かる。分からない人には永遠に分からない」という出され方をしてしまうと「永遠に分からない側」にはじき出された人は軽い不快感をおぼえ、「2度と永遠に見てやらない」と思いかねません。

たとえばですが「太極拳ブログ」があったとして、「分かる人にはこの素晴らしさがよく分かる」ということがとくとくと語られていて「でも分からない人には永遠に分からないであろう」という調子でしめられ、「でも誰にでも太極拳は楽しめますので、興味ある方はこちらをクリック!」などという調子では、数少ない読者に確実な嫌悪感をもたらします。

そうではなく、読者はすでに太極拳というものにふれているということに気づかせてあげるべきなのです。もちろんそれに全くピンとこないような人が読者だったらそれまでですが、何か思い当たる節がある人は、訪れたブログエントリから、自分の過去の経験をブラッシュアップするきっかけを得られるでしょう。

ノマド・ワーカーの仕事とは、そういうきっかけを書籍やセミナーや実際に会って話すことやブログやメルマガなどを通じて提供するものだと思います。少なくともその部分を含まないと、なかなか仕事にはならないものです。

▼編集後記:
佐々木正悟

8月26日 第4回タスクセラピー 「仕事管理は手帳だけ」からの脱却(東京都)

そもそも学校で教えてくれるわけでもない「タスク管理」をちょっと本格的に取り組むといっても何をどうしていいのかさっぱり分からない。そんな人も多いでしょう。 …

付箋でもテンミニッツでもToodledoでもTaskchuteでも、およそ仕事が回る限りツールもメソッドも何でもいいのですが、一方いくら言われても「チェックリスト」も「作業ログ」もいつまで経っても始められないという実に不思議な状況にはまり込んでいる人もいます。

それらの人に足りないのは「これでうまくいく」という確信です。よく言われるとおり「やってみなくては分からない」のが真実なのですが、「うまくいくと思えるまではやりたくない」のが人間です。ヘルマン・ヘッセが強調したように「人は泳げるようになってから泳ぎ始めたい」のです。

やればうまくいくだろうけど、やり始められない。一方でやり始めてみないとやればうまくいくとが分からない。自己矛盾と悪循環です。このパラドックスを断ち切ろうという試みが、タスクセラピーです。すでにやってうまくいっている人たち(コーチ)がいるからです。