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マス・マーケティングの死骸の上に何を築くのか?

倉下忠憲
マス・マーケティングは死んだ」とはP&GのCEOであったアラン・G・ラフリー氏の言葉です。

彼の言葉が正しいとするならば、どのようにして新しい商品を考えていけばよいのでしょうか。その答えの一つが「デザイン思考」です。

デザイン思考が世界を変える
ティム ブラウン
早川書房 ( 2010-04 )
ISBN: 9784153200128
おすすめ度:アマゾンおすすめ度

 
従来、デザインは「商品の形を考える」などの戦術的な役割を担っていました。しかし最近ではその対象の範囲は広がり、消費者の体験やプロセスそのものへのアプローチといった戦略的を考える上で必要なものになっています。本書の言葉を借りれば

今日では、デザインはデザイナーに任せておくには重要すぎるのだ

というわけです。さて、「デザイン思考」とはどのようなものでしょうか。

 

デザイン思考とは?

「デザイン思考」にはさまざまな要素が含まれています。

  • 4次元でのデザイン
  • 経験価値文化の構築
  • ニーズを需要にかえる
  • インテグレーティブ・シンキング
  • プロトタイプ思考

 
物が豊かになった時代においてイノベーションを起こすためにはこういった要素を考慮する必要があります。

従来の論理や分析だけを頼りにしていくようなアプローチでは斬新なイノベーションは生まれ得ません。それらの手法はありふれすぎていています。しかも、あまりにも機械的なので、どのような企業でもデータさえあれば同じ答えにたどり着くことができます。

かといって単に直感頼りのアプローチは不安定すぎます。何かを思い付くまで長い時間待つこともできなければ、それがどのような意味を持つのかまったく分からないまま開発を進めていくことは難しいでしょう。

両者のバランスを取りつつ、相互の良い点を引き出すのが「デザイン思考」のアプローチ、というわけです。

 

経験をデザインする、ということ

「デザイン思考」の重要な要素の一つが「ニーズを需要にかえる」という考え方でしょう。これはドラッカーの「顧客の創造」と同じものですが、本書ではその具体的なアプローチが提示されています。

もっとも基本的なテーマは「人間中心のデザイン」。そして、それを実現するための「洞察」「観察」「共感」という3つの要素。これが具体的なアプローチにつながります。

人間中心のデザイン

「人間を最優先に」「顧客第一主義」が叫ばれていても、それによってイノベーションを実現できている事例はあまり見かけません。その理由は「真なるニーズ」を見いだせていないからでしょう。

人間の抱える基本的な問題とは、人間は不便な状況に適応するのに長けているということだ。

人は日常生活に適応していきます。不便な物でも使い続けていけばそれが「当たり前」になってしまいます。そういった「当たり前」の状況の中で人に問いかけても真なるニーズを引き出すことは困難でしょう。

単に人々に望みを尋ねるだけのフォーカス・グループやアンケートといった従来の手法では、めったに重要な洞察を得られないのはそのためだ。

「人間中心のデザイン」を実現するためには、人々が無意識に抱え込んでいる「ニーズ」を発掘する必要があるわけです。それを支えるのが先ほどの3つの要素になります。

洞察・観察・共感

これら3つの要素を簡潔に表現すれば、以下のようになります。

  • 洞察→「他者の生活から学び取る」
  • 観察→「人々のしないことに目を向け、言わないことに耳を傾ける」
  • 共感→「他人の身になる」

 
この最後の「共感」が大きな鍵を握っています。

私たちは、「共感」を通じて、洞察の橋渡しをしたいと考えている。他者の目を通じて世界を観察し、他者の経験を通じて世界を理解し、他者の感情を通じて世界を感じ取る努力を行っている。

 
実際に生活し、行動をしている人が感じている不便さとは何か。それは数字の分析だけでは知ることができない、ということです。

「もしドラ」こと『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』という本のヒットがその良い実例でしょう。やや小難しくなりがちなマネジメントの手法を、小説という箱に入れ直すことによって、読者はわかりやすくドラッカーのエッセンスをくみ取ることができます。

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
岩崎 夏海
ダイヤモンド社 ( 2009-12-04 )
ISBN: 9784478012031
おすすめ度:アマゾンおすすめ度

 
既存のビジネス書の枠組みの中でドラッカーの企画を考えていたのでは、同じ物にたどり着くことはできないでしょう。それは人々が「なんだかよくわからない」「難しそう」「とっつきにくい」「最後まで読めない」という不満を抱えているにも関わらず、それを表だって出すことはないからです。

だから既存の本の売り上げの分析だけでは「読者未満」の人のニーズはくみ取ることができません。また「読者」になっている人でも、「わかりにくい」を「当たり前」として受け止めていればその不満は表面化しません。

そういった視点から眺めれば、「もしドラ」はまさに「デザイン思考」によって生み出されたヒット作といえるかもしれません。物語は、興味を惹きつけ、感情を伝えるのに適した形式です。「もしドラ」の読者は単に知識としてではなく、体験としてドラッカーを知ることができます。それは「経験価値の提供」であり「潜在的ニーズを需要にかえる」という事でもあります。

 

まとめ

そこら中にモノがありふれている時代において、消費されるだけの物の価値は下がり続けています。その代わりに、「体験」や「経験」に価値の重心が移動している、というのが現代の特徴でしょう。

マス・マーケティングが機能しなくなった時代においては、

・ニーズを需要にかえる
・人間中心のデザインを行う
・プロトタイプを作ってから考える

といったアプローチが有効になってきます。

こういうアプローチの解説や、実際例が紹介されている本書は、「イノベーションの参考書」としては最適な一冊でしょう。

また、この本自体がある種の「デザイン思考」に基づいて作られている点は興味深いところです。目次と本文の間にある、見開き2ページでまとめられたマインドマップは、それをコピーして持ち歩けば(あるいはスキャンしてEvernoteに入れておけば)立派なレバレッジ・メモになります。

内容の理解を手助けするこういったアプローチも「デザイン思考」の一部なのでしょう。

 

デザイン思考が世界を変える
ティム ブラウン
早川書房 ( 2010-04 )
ISBN: 9784153200128
おすすめ度:アマゾンおすすめ度

▼合わせて読みたい:

文章において必要なことはいくつかありますが、そのうち「わかりやすいこと」というのはかなり大きな要素です。「わかりやすさ」というのも、本文で紹介した「デザイン思考」と同じ考え方で理解することができます。「洞察・観察・共感」を使い相手の視点にたって説明できる技術が肝要です。

ニュース解説番組などでおなじみの池上彰さんが書いた本書は、どうすれば「わかりやすい説明」ができるようになるのかが「わかりやすく」解説されています。また池上流の情報の扱い方なども紹介されていて、なかなか興味深い内容になっています。説明力不足を感じておられる方はぜひ。

池上 彰
講談社 ( 2010-06-17 )
ISBN: 9784062880541
おすすめ度:アマゾンおすすめ度

 

▼編集後記:
倉下忠憲
さて、iPhone4が発売されたわけですが、iPad同様スルーな今日この頃です。現状はブルトゥースのキーボードを購入して、「iPhone3GS疑似iPad化計画」(カラーポメラ?)を進めている状況です。ちょっとした隙間時間にパタパタとキーボードが打てれば、原稿を書き上げるスピードもあがるかも・・・です。Amazonさんから届くのを楽しみにしております。

 

▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。