かつて日産は「100分の1の技術から1000分の1の技術へ」というキャッチフレーズで、自分たちの技術の高さを宣伝した。しかし、これは日産の経営戦略の致命的な誤りだったといえるだろう。なぜならば、1000分の1の違いを感じ取れるユーザーは、存在しないからだ。
「分からない差異は、差異ではない」のである。それより「色がたくさん選べる」といったはっきり目で見える差異のほうが、よっぽどユーザーにとっては大事なのである。(p.67)
※赤字は大橋。
本書の後半にはもう一度「差異」が登場します。今回の差異と後半の差異とでは、言葉は同じでも、その間には大きな差異があります。
前回はスペシャリティについて書きましたが、このスペシャリティこそ、自分にしかできないがゆえに自分の外側との間に差異を生みだすためのカギになります。
でも、その差異が誰かにとって役に立つものでなければ、単なる自己満足に終わります。こだわりを追求しつつも、そのこだわりを支持される形に持っていかなければ道楽になってしまいかねないのです。
幸い、仕事は誰かから支持(発注なり購入なりのオファー)がない限りは成り立ちませんから、自分のこだわりの方向性が正しいのかどうかはおのずと分かってしまいます。
とはいえ、いい仕事をしていさえすればおのずとオファーが舞い込むようになる、というわけでもありません。
自分の活動を告知するためのメディアを持つことの意味はそこにある、と考えています。