言い訳や制約があまりに強烈で、いつのまにかそれが人生哲学の一部になってしまった、ということはありませんか? グズは生まれつきだから仕方がないと思っていませんか? あるいは、自分はバカだ、だらしない、弱い、だから今さら変わることはできないと信じていませんか?
ここまで自虐的に考えている人はそんなに多くはないと思うのだが、意識せずしてこれに近いことで自分を縛っている、ということはある。そうすることで、自分を守ることができるから。
いろいろなことに注意したり、よくない部分を変えたりと、しなければならないことは十分にわかっていても、注意すべきことや変えるべきことがあまりにたくさんありすぎると、どれから手をつけて良いのかがわからなくなり、いっそ今のままでいる方が楽だから、ということで、すべての“要求”をシャットアウトする。
何かを始めない理由は、環境や経済や気分ではなく、やるべきことが多すぎるところにある。「べき」(理想)が「である」(現実)をはるかに凌駕するという“メンタル格差”がやる気をそいでしまう。格差であれば、是正するしかない。「べき」を下げるか、「である」を上げるか。上げるより下げる方が楽なはずだが、「である」を下支えするプライドが邪魔をする。