ビジネス書を選ぶ基準は人の数だけあるとは思いますが、そんな中でも以下は最もポピュラーなチェックポイントでしょう。
» 自分にとって新しい知識やノウハウが書かれているか?
お金を出して買う以上は、そこに自分にとっての新しさ、言い換えれば世界における自分の“版図”を広げていく上で役に立つかどうかが問われるわけです。
でも、ここで注意すべきは、あくまでも「自分にとって」である点。
あなたにとってわかりきっている知識やノウハウでも、それを誰か他の人に伝えなければならなくなったとしたら、それをあなたが理解しているのと同じ濃度のまま相手に伝えるためには「わかりきっている」だけでは足りないでしょう。
ご承知の通り、人間同士のコミュニケーションには“互換性”がほとんどないため、A氏の持つコンテンツはB氏に伝わるまでの間にその大部分がこぼれ落ちてしまう、あるいはA氏の意図とは異なる形でB氏に解釈されてしまいうるのです。
そこで必要になるのが、異なる2つの“容器”の間でその中身をこぼすことなく、不純物を混入させることなく、移す術。それを身につける上での格好の教科書となるのが今回ご紹介する以下の一冊。
» 『あたりまえだけどなかなかわからない 働く女(ひと)のルール』
書名の通り、主に女性に向けた「パーソナルクレド」のサンプル集、といったところ。全部で101の「働く女(ひと)のルール」が紹介されていますが、一部のルールを除いて男性にも役に立つ内容です。
例えば、以下。
16.「チャンスはいい人間関係から」 出会いを大切に
23.「シンプル・コミュニケーション」 返事は、明るく「はい」がいい
41.「依頼者への配慮を忘れるな」 簡単に「できない」と決めつけない
82.「仕事と友情は切り離せ」 「余計なお世話」はやめよう
いずれも、これらのタイトルを読むだけで書かれているであろうことは想像がつく、という方もいるでしょう。当たり前のことだ、別段新しくもない、と感じる方もあるかもしれません。
でも、注目すべきはこれらのルール群がすべて著者自身の体験から引き出されたものである点。
著者の経歴は以下の通り、多方面に及びます(ちなみに「衣料量販店」とはユニクロのこと)。
化粧品会社OL、塾講師、コンパニオン、衣料量販店店長、着付け講師、ブライダルコーディネーター、フリーカメラマン、情報誌編集者などを経て、フリーライター&フォトグラファー。日本旅行作家協会会員。約30カ国を旅し、少数民族、貧困、移民、台湾などをテーマに、旅エッセイやドキュメンタリーを発表。日本、台湾の学校などで、世界各地のスライド&トークショーを行う。多くの転職経験から、女性がどうしたら心地よく働けるのかを探求。国内外で、女性の働く意識、社会環境などを取材する。
さて、ここであなたに後輩ができたとします。
彼(彼女)にあなたのこれまでの経験を体系的かつ簡潔に語る準備はできているでしょうか? 自分にとってはわかりきったことでも、それを生い立ちや前提知識の異なる人間に、自分とは異なる“容器”に、過不足なく移しきることができるでしょうか?
ここで、本書の“本領”に気づくはずです。すなわち、「伝える術」が学べるのです。
例えば、以下のルールであれば、
16.「チャンスはいい人間関係から」 出会いを大切に
本文からは次のような「流れ」が読み取れます。
●1.背景の解説:
・世界の人口は66億6666万6666人を超えた
・80年ほどの人生で、直接知り合えるのはごくわずか
・人との縁は奇跡の積み重ね
・意味があって出会っている
●2.背景の分析:
・日本の400万社以上の中で同じ会社に働いているのは「縁」
・その中でいい人間関係を作れればチャンスが生まれる
・それは、あなた次第
●3.著者の事例:
・経験ゼロの自分に根気よく指導してくれた上司
・この人に出会えなければ今の仕事はない
●4.著者の「ハック」:
・名刺交換をした相手には翌日までにお礼メールか手紙を出す
煎じ詰めまくれば、「名刺交換をしたら、翌日までにこちらから連絡しましょう」とまとめることができます。でも、それだけで、
「そうか! よしさっそく明日から実践しよう!」
などと動き出す人は少数派でしょう。そうなると、どんなにコンテンツが良くても、相手が思わず手を出したくなるような伝え方をしなければ、届かないことになります。
そこで、上記のごとく分解することによって、メッセージデリバリーのフレームワークが見えてきます。いわば、「勝ちパターン」がわかるのです。ここまで来れば、本書から学ぶべきは、
・相手にフィットした背景(Context)を描く方法
・相手に過不足なく伝える(Delivery)方法
・相手の共感を呼ぶ事例(Example)を作る方法
という、CとDとEということになります。
フレームワークは、上記以外にもいくつかあります。それを見つけ出すのも本書を読む楽しみの1つとなるでしょう。一見、マニアックな読み方ですが、初めて部下を持つ立場になった人にとっては、格好のトレーニングになるはずです。
▼書きながら思い出した本:
言わずとしれた古典的名著ですが、本書には次の3つの要請文を使った実験事例が出てきます。
1.すみません……5枚だけなんですけど、
急いでいるので
先にコピーをとらせてくれませんか?(支持率94%)
2.すみません……5枚だけなんですけど、
先にコピーをとらせてくれませんか?(支持率60%)
3.すみません……5枚だけなんですけど、
コピーをとらなければならないので
先にコピーをとらせてくれませんか?(支持率93%)
これらのうち、どれが最も「はい」と答えられやすいでしょうか? コピー機に向かっている最中にこういった要請を受けたシーンを思い出しながら考えてみてください。
※答えは、黒く塗りつぶした部分をドラッグして選択すると表示されます。
ここで言いたいことは、同じ内容であっても、伝え方次第で相手の行動の出方に著しく差異が生じる、という事実です。今回のケースでは、理由はどうあれ「ので」という単語が“スイッチ”になっています(p.9より)。
▼次にすること:
・『あたりまえだけどなかなかわからない 働く女(ひと)のルール』からデリバリーのフレームワークを抜き出してみる
・『影響力の武器』でデリバリーの理論を学ぶ
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