映画『レインマン』をごらんになったでしょうか?
この映画には、ウィスコンシン大学のD・A・トレッファートという精神科医がアドバイザーをつとめています。というのも、ごらんになった方にはおわかりかと思いますが、トレッファートは「サヴァン症候群」という希な発達障害を、専門に研究しているからです。
「レインマン」のモデルとなった、キム・ピークというサヴァン症候群を患っている男性は、発達障害でありながら、驚異的な記憶力を有しています。キムは読み終えた本を逆さまにして書棚に収めているとのことですが、その逆さまになっている本については、すべての内容を暗記していて、その冊数は九千冊に及ぶと言われています。
今のところ、こうした超人的な能力は、発達障害など、ある種の欠損との、よくてトレードオフのようなものという現実がありますが、先日、仕事の折に大橋さんに紹介していただいた、Fujisan.co.jpの「デジタル雑誌」を活用してみて、誰もが「驚異の記憶力」を手にできる時代が近づきつつあるのではないか、という気持ちにさせられました。
http://www.fujisan.co.jp/digitalmagazine.asp
たとえば私は毎朝、毎晩、せっせと心理学ジャーナルだとか、神経科学関連の書籍を読んでは傍線を引き、そこへ付箋を貼っておくという、経験上いささかむなしい「手作業」に精を出しているわけです。けれども、どの本のどこに線を引いたかが、PCで検索可能ということになりますと、事態は一変します。
「デジタル雑誌」を活用すれば、後で参照したい箇所を蛍光ペンでハイライトしたり、そこへ付箋を貼ったり、その付箋にメモを残したりすることが、ほぼ自在にできます。
そして、ここから先が重要ですが、そのハイライトした箇所も、付箋のメモ内容も、好きなときに検索できます。たとえ検索できなくても、PCで一覧できるというだけで、相当なものです。
アナログの雑誌を集めている限り、まず雑誌を一箇所に集めておくだけでも一苦労ですし、仮にそうできたとしても、付箋箇所を一瞬で一覧することなどできっこありません。
しかも、貯め込めば貯め込むほど、検索は難しくなるだけでなく、空間を確保すること自体に、苦労するようになります。
それにしても、私達が「探したい情報」が一瞬で、さしたる苦労もなく探し当てられるようになった世界では、どのような「記憶力」が必要となるでしょうか? これは難しい問題です。
たとえば、ハイライト箇所を見つけ出すのは容易なわけですから、どの部分をハイライトするべきかを予測する能力が、これまでよりも大事になりそうです。
とりもなおさずこれは、将来、ある資料が必要になるであろうということを、見越す能力です。そしてその「時点」にいざ身を置いたとき、役立つ資料をハイライトしたことを、きちんと思い出せる記憶力です。
そうした能力というのは、これまでのところ学校教育の場では、推奨されないどころかある意味では、むしろ否定的にとらえられてきたものですから、教育方針が現状のままであれば、生まれつきそうした能力に恵まれない人は、著しく不利です。
実際、少なくとも私が学んできた限り、学校で伸張する能力というのは、模写する暗記力に近いものがあります。
教科書や参考書に書かれているとおりの内容を、どれくらい精密に再現できるかという記憶力です。基礎学力を固める上で、この手の能力は必要でしょうが、それにしても比重が高すぎたように思います。
今後、情報を引き出すことが容易になればなるほど、むしろ欲しくなってくるのは、先ほど述べたような「展望記憶」の一種で、学校で私がそれを使ったとすれば、中間・期末テストの「ヤマを張る能力」だったと言えるでしょう。自分が与えられた情報の中から、どれを集中的に取り込めばいいかを、事前に見抜く能力です。
今はわかりませんが、当時私が子供の頃はよく、「ヤマを張るな」と言われ続けていたものです。
つまり、可能であればまんべんなく、与えられた情報を隅から隅まで頭にたたき込むのが理想だったわけですが、現在すでに、この方法が理想でないのは明らかです。
そんなことを、デジタル雑誌にうつつを抜かしながら、考えました。雑誌全文を検索することがいつでもできるのに、なおかつ付箋を貼ったりハイライトしたりする意味は、一体何かという問いです。
今の段階ではまだ、デジタル雑誌の種類は不十分です。機能も不十分です。が、十分に出そろえば、「なにか新しいこと」が起こった気持ちがするでしょう。