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いっさい計画を立てずに着実に仕事を進める



佐々木正悟 ※今回の記事は、私・佐々木正悟が倉園佳三さんに「グッドバイブス」を実践する上での疑問についてたずね、それに答えてもらうという形式でお届けします。

佐々木からの質問

佐々木正悟 「グッドバイブス」流の計画を立てないというやり方には、

「締め切りを守れない」

という「不安」がつきまといます。

実際、締め切りまでの日数を換算し、それまでに割り当てられる時間を計算して、タスクに割り当てるという手法に人気が集まるのもひとえに「厳しい締め切りを守らなければ明日がない」という切実な気持ちを多くの人が持っているからでしょう。

あくまでも目の前のことに全力を尽くし、やることがなくなったときにプロジェクトが完成する、という前向きな考え方は理想的ですが、やっつけ仕事だろうと何だろうと締め切りを守らなければ生きていけなくなる、という気持ちも実際にあるはずです。

計画を立て、逆算することなく、締め切りというものを守ることができるものでしょうか?

◎ 私たちが締め切りを守れない本当の理由

倉園佳三倉園:ナイスな質問をありがとうございます!

たしかに、私が行っているセミナーやパーソナルセッションでも、「締め切りを守れない」という相談をよく受けます。締め切りとの向き合い方は、多くの人にとって切実な問題のようです。

まずは、この話をするうえで誤解されがちな「ある点」を共有しておきたいと思います。それは、

「締め切りを守れるかどうかは、計画やタスク管理とは無関係である」

という極めて重大な事実です。

「まさか!」と思うかもしれません。では、実際に自分が働く職場を見渡してみてください。そこには大きく分けて2種類の人しかいないはずです。「いつでも締め切りを守る人」と「締め切りに遅れがちな人」です。

そしておもしろいことに、どちらのグループの中にも、それぞれ無計画派と計画重視派が存在します。私も過去に、「締め切りに遅れがちな人」でありながら、細部にわたって自分の行動計画を立てている人を何人も目撃しています。

もし、「締め切りを守れるかどうか」と計画が無関係だとしたら、「締め切りに遅れがちな人」に欠けているものは何なのでしょうか。いたって感覚的な回答で恐縮ですが、どれだけ考えても私はこれしか思いつきません。

「何としても締め切りを守るんだ! という強い意志」

そしてこれこそが、私が「締め切りを守れるかどうかは、計画やタスク管理とは無関係である」と考える最大の根拠でもあります。つまり、計画には「何としても締め切りを守る!」という意志を芽生えさせる機能など含まれていないということです。

いま多くの人がこの文章を読んで失望したことと思います。「ああ、結局はそういう精神論になっちゃうわけね」というライフハッカーたちの嘆きが聞こえてくるようです(笑)。

なぜならば、とても厄介なことに、私たちは「意志」や「選択」という話になると、「自分ではどうにもできないもの」と捉えたがるからです。

「フォースを使え」のプロローグで、私は次のように書きました。

ひとつは自分のまわりに「自然とそうなってしまう仕組み」を作ることです。GTDのようなメソッドを生活全体に取り入れる、最新のタスク管理ツールを活用する、あるいは優秀なコーチにコーチングを依頼するなどがこれにあたります。

  • ほうっておいたらさぼってしまう自分
  • 締め切りを定めないと着手すらしない自分
  • だれも見ていなければ手を抜く自分

これらはすべて性悪説です。

ここでいう性悪説とはすなわち、「私ごときが強い意志など継続してもてるはずがない」と自分自身を捉えているということです。自分をまったく信頼していないといってもいいでしょう。

そこで、その失った信頼を「計画」という自分の外側にあるツールに預け、

「たとえ意志が発揮されなくても自動的に締め切りを守ってしまう」

という夢のような効果を期待してしまうのです。

言うまでもなくこれは、私たちがテクノロジーや仕組み、制度などに抱きがちな大いなる幻想のひとつに過ぎません。

同じように「意志は自分ではどうにもできないもの」と捉えるのも誤解であり幻想です。拙著『グッドバイブス ご機嫌な仕事』のプロローグで、

「グッドバイブス」も「ご機嫌な仕事」もその実現に必要なのは、あなたが自由自在に操れる「あなたの意志」だけ。

と主張したように、私たちは自分の意志を思いどおりに操れます。

たとえば、先に「私ごときが強い意志など継続してもてるはずがない」と自分自身を捉えていると書きました。実はこの判断自体が「自分の強い意志」であることに注目してください。無意識かもしれませんが、私たちは確実に「締め切りを守る強い意志などもてない!」と強く意識しているのです。

理由はどうあれ、ある人が「何としても締め切りを守るんだ! という強い意志などもてるはずがない」と意識したとします。そのたびに「締め切りを守る意志のない自分」がこの世界に創造されているのです。

すでに書いたように、計画には人にある意志をもたせたり、強制的に行動させたりするハイパーな機能はありません。アラートは表示してくれるかもしれませんが、「明日再通知」を押さずにそれを実行するかは、どんなときでもその人の意志が決めることです。

「それは精神論だから」などともっともらしい言い訳をするのはやめて、自分の意志に向き合ってみましょう。誰もが心の底では締め切りを守りたいと願っています。にもかかわらず、その意志を発揮したくないと思うとしたら、そこには何らかの阻害要因が潜んでいるはずです。

この邪魔者の正体を見極めて、撃退することができれば、私たちはいつでも「何としても締め切りを守るんだ! という強い意志」をもてるようになります。

◎ 「懸念」という妄想の目的は自分を動けなくすること

倉園佳三倉園:ではここで、「締め切りを守れないときの自分」をリアルにイメージしてみましょう。事後にザックリ振り返ったときには「間に合わなかった」と感じていることでしょう。完成に要する時間が、与えられた時間を上まわっていたという解釈です。

けれども、自分の行動を細かくチェックしてみれば、事実はそのような解釈と大きく異なっていることがわかります。ほとんどの場合、締め切りを守れなかった本当の要因は、

「着手が大幅に遅れたから」

ではないでしょうか。

締め切りを間近に控えた1週間の様子を思い出してください。「おそらく、これを仕上げるには2、3日はかかる」とわかっています。いま着手すれば締め切りに間に合うことは確実なうえに、余った数日を使って内容を見直すことも、さらに磨きをかけることも可能です。

けれども、私たちはまだ着手しません。翌日も翌々日も手を着けません。締め切りの3日前に最初の読みを思い出してやや焦りますが、強引に「2、3日はかかる」を「2日あればできる」に変更します。

その翌日、ついにデッドラインがやってきました。けれども、私たちはこの土壇場に来ても最初の読みを変えようとします。

「大丈夫、急いでやれば1日で終わるさ」

こうして、締め切りの前日に「間に合わなかったら酷い目に遭う」という脅迫観念に追い立てられる形でようやく重い腰を上げます。もちろん、当初の読みは極めて正確でした。当然の結果として完成に3日を要し、締め切りを2日遅れて提出することになるわけです。

多少の差はあっても、私たちが締め切りを守れないときにやっていることは、おおよそこんな感じではないでしょうか。

このような状況を変える方法はひとつしかありません。

「何が私たちの着手を妨害しているのか?」

を見つけ出し、その阻害要因の影響力を弱めることです。

まずは、自分自身の心を覗いて、予定していた着手日になると、なぜ決まって「やりたくない」と思ってしまうのかを解き明かしましょう。おそらく、次のような「懸念」を抱いているはずです。

  • 「この仕事はずいぶんと手間がかかるに違いない」
  • 「自分の苦手な面倒くさいプロセスに数多く出くわすに違いない」
  • 「アイデアが浮かばずに悩んだり、もがいたりするに違いない」
  • 「自分の知らない知識や情報が必要になるはず。調査に時間がかかるに違いない」
  • 「自分のスキルでは対処できない内容が含まれていたらどうしよう」
  • 「満足のいく仕上がりにならずに、自分の仕事ぶりに失望するかもしれない」
  • 「依頼主や上司に満足してもらえなかったらどうしよう」

ここで重要なのは、けっして「サボりたい!」などと思っているわけではないという点です。むしろ、真面目な人であればあるほど、いい仕事をしたいと願っていればいるほど、上記のような懸念を抱く傾向にあります。

リアルにイメージしてみましょう。あなたはいつでも「早めに着手したい」と思っています。けれども、そうしようと思った瞬間に、上記のような懸念が束になって襲ってきます。

それは、虫歯の治療のために歯医者に行く前の気分や、苦手な人に頼みにくいことをお願いしにいくときの気分と同じです。高所恐怖症の人が、バンジージャンプのお立ち台からなかなか飛べずにいるときの気持ちといってもいいでしょう。

この恐さこそが、私たちから「何としても締め切りを守るんだ! という強い意志」を奪い去る阻害要因の正体です。わかりやすくまとめると、

「この仕事を始めたら味わうことになるはずの、嫌な体験に対する恐れや不安」

ということになります。

これで、私たちが自由な意志を取り戻すために撃退すべき対象が明らかになりました。着手しようとすると沸き上がる、さまざまな「恐れや不安」を緩和できればいいのです。

その具体的な方法はいたってシンプルで簡単です。普通の思考回路をもっている人なら、誰もがそれを実行することができます。

「極めて不確定な未来の予測を手放す」

ことです。

まず、先に挙げた「懸念」がすべて「未来の予測」であることを確認してください。まだ着手していない仕事に対する懸念なので、このことは紛れもない事実です。そのうえで次の質問に答えてください。

「その未来の予測は、絶対に、寸分の違いもなく自分が思い描いたとおりに、現実として自分の前に現れますか?」

おそらく、完璧な自信をもって「YES!」と答えられる人はひとりもいないはずです。そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない。ここまでが私たちに言える限界です。

ぜひこの事実を真摯に受け止めてください。つまり、

「着手前に感じるすべての懸念は、私たちの想像、空想、妄想に過ぎない」

ということです。

言うまでもなく、想像や空想、妄想は現実には存在しない「無」です。私たちの抱く「恐れや不安」が「無」から生まれているとしたらどうでしょう。それを手放した方がいいと考える理由としては十分過ぎると思わないでしょうか。

「妄想の目的は、万が一にも自分に恐い体験をさせないように、現実よりも10倍も100倍も過酷な状況を思い描かせ、一歩も動けないようにすること」

これが私たちの抱く「懸念」の正体です。たとえるなら、常軌を逸するほど過保護な親が自分の中にいて、あらゆることを禁止しているようなものです。

当然ですが、そのような親の子どもである私たちに「自由な意志」などもてるはずがありません。つまり、「極めて不確定な未来の予測を手放す」とは、自分の中にいるモンスターペアレントと決別することにほかならないのです。

これが、先に「普通の思考回路をもっている人なら、誰もがそれを実行することができる」と書いた理由です。

歯医者に行ってみたら、痛い治療はまったくされなかった。苦手と思っていた人が、ふたつ返事でお願いを聞いてくれた。思い切って飛んでみたら、バンジージャンプが病みつきになった。これが私たちが生きる世界の現実です。

実行しさえすれば、あらゆる懸念は消え失せます。なぜならば、着手した時点で私たちは妄想などできない「いまここ」にワープするからです。

いったん「いまここ」に入ってしまえば、100倍も過酷に想像していた映像が、現実のものに上書きされていきます。そこで起こるのは「あれ? 思ったほど大変じゃないな」「というか、けっこう楽しいかも!」といった癒やしの体験です。

さらに、「いまここの上書き」を味わえば味わうほど、着手前に何かについて懸念する必要はどんどん薄らいでいきます。なぜならば、その成功体験が、懸念を生み出す原因となっていた「過去の苦い経験」を塗り替えてくれるからです。

ぜひ、計画やタスク管理術ではなく、「何としても締め切りを守るんだ! という強い意志」を阻害する「恐れや不安」に目を向けてください。

私が提案する「いっさいの計画を手放すやり方」の唯一の目的も「恐れや不安」を解消することです。だから、「計画を立てないほうが締め切りを守れる」という一見、矛盾だらけのことが起こるのです。

▼編集後記:
佐々木正悟



こちらは、上のような問答を12個収録して、一冊の本にまとめたものです。
 
ほかの質問は以下の通りになっています。
 
プロローグ 生きることに不安をもたない
第1話 なぜ、受け身でいると自分の強みや適職が見つかるのか?
第2話「好きを仕事にする」と「導かれる」は矛盾しないのか?
第3話「老後に2000万円が必要」と聞いて不安ゼロでいられるのか?
第4話「自分=身体ではない」なら健康の心配もしなくていいのか?
第5話「いっさいの計画を手放すやり方」で締め切りを守れるのか?
第6話 個性から生じる不都合なことにどう対処すればいいのか?
第7話 分離である離婚や退職は絶対にしないほうがいいのか?
第8話 なぜ、ひとりだけでは「平安な心」を得られないのか?
第9話 理想を実現できずに挫折したときはどうすればいいのか?
第10話 私たちの心は本当に外的な要因によって傷つかないのか?
第11話 どうしても不安が消せないときはどうすればいいのか?
第12話 多くのことを達成できずに死んでしまうのは怖くないのか?
エピローグ イリュージョンはあなたを傷つけない
 
ぜひ、一つでもピンときたものがあったら、そちらから読んでいただいて、その後に全体を通読して、また最初の疑問を振りかえってみてください。
 
消えない不安がきれいに払拭された体験というものを、味わうことができると思います。