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ひと味違うブロガーを目指すための一冊



倉下忠憲本書は、「知的生活の設計」でもありますが、「ブログ生活の設計」でもあります。

ウェブ時代において、どうやって自分の興味や関心をブログに紐づけていくか。いかなる態度で情報発信に臨めばいいのか。そうした観点から本書を少し覗いてみましょう。


情報整理と発信

まずは、章立てから。

SECTION1:知的生活とはなにか
SECTION2:人生を変える「知的積み上げ」の習慣
SECTION3:パーソナルスペースとしての「書斎」設計
SECTION4:情報整理と情報発信の戦略
SECTION5:習慣とツールによる知的生活ハック
SECTION6:知的投資と収入のための「知的ファイナンス」
SECTION7:10年後の人生を設計する

注目したいのはSECTION4です。「情報整理」と「情報発信」という一見関係ないものが同じSECTIONでまとめられていますが、もちろん理由があります。

一つには、情報がデジタル化したことで、自分が持っている情報を外に向けて発信しやすくなった点があるでしょう。今なら、手持ちの情報をボタン一つで外部に公開できます。「こちら側」から「あちら側」に簡単に橋渡しできるようになっているわけです。

しかし、それだけが理由というわけではありません。

情報整理とは、自分で情報を使えるように情報群に一定の系を与える行為ですが、それを発信することによって、系を持った情報群は他の人にも使えるようになります。つまり、情報発信とは、他者にとっての情報整理でもあるわけです。

また、自分で集めた情報を処理していく中で、何か新しい考えや面白い考えが浮かんだとしても、それを他の人に公開しなければ、「新しい」とか「面白い」と思ってもらえることはありません。「価値とは見出されるもの」であることを考えると、自分の情報処理に価値を付与するためには、発信は欠かせない行為とも言えます。

そして、その場所こそがブログである、と本書は説きます。

ブログの価値と優位性

どうしてブログなのでしょうか。

知的生活の発信という視点で考えると、ブログが持っている最大のメリットは日々の発信というフロー情報が、記事がゆっくりと蓄積していくことによって自然にストック情報に変わってゆくところです。

昨今のメディアは、広がりやすさの速度に注目されがちですが、反面それは立ち消える速度の速さでもあります。バズるものは、フィズる(fizzle)のも早いのです。

その点ブログは、ソーシャルメディアやソーシャルブックマークと絡んだときだけは拡大の速度が上がるものの、それを除けば鈍行列車のようにジワジワとしか読まれません。最近の話題の流れと比べれば、もどかしいほどです。

しかし、ブログは残ります。一つひとつの記事がきちんと積み上がっていきます。たとえ少しずつの更新であっても、一年経ち、五年経ち、十年経てば、驚くほどの量のストックが生まれます。時間を味方につけられるのです。このことを著者は「日々の小さい発信がやがて知的生活の大伽藍に成長する」とも表現しています。

また、ブログというメディアの土俵の広さも指摘されています。

特定のアプリに依存せずにブラウザがあればパソコンでもスマートフォンでも閲覧可能ですし、動画も、音声も、ソーシャルメディアの投稿も埋め込むことが可能です。

これまでさまざまなメディアが生まれてきましたが、たいていそれらのメディアはブログに埋め込むことが可能になっています。つまり、さまざまなメディアの土台になりうる可能性をブログは備えています。むしろ、メディアが多様化する中で、本拠地としてのブログの価値は、改めて評価されても良いのかもしれません。

ニッチさと切なさと勇気

では、そのブログはどのように運営すればよいのでしょうか。著者は四つのポイントを挙げていますが、ここでは最初と最後のポイントを紹介してみましょう。

せめて一つのニッチはもっておく

非常に残念ながら、ブログは超レッドオーシャンです。それで一旗揚げてやろう、一儲けしてやろうという人たちと、そういうのとは無縁な趣味の人たちが一緒の土俵に上がっているので、混乱の極みみたいな状況になっています。そこでありきたりなことを書いても、残念ながら価値は見出されにくいでしょう。何かしら、「自分にしか書けないこと」を書いていく必要があります。

しかし、それは簡単ではありません。一つはっきり言えるのは、そのためには「勇気」に似た気持ちを持っておく必要がある、ということです。なにせ、そんなことを書いても誰が評価してくれるのかわかりません。だったら、既に一定の需要が見込める情報について書いている方が……という気持ちに流されると、ますますレッドオーシャンに飛び込むことになります。

広告やアフィリエイトで生きていくのでないならば、大切なのはブログを通して「あなたは誰なのか」を語ることです。それはプロフィールをしっかり書きましょう、ということではなく(もちろんそれも大切なことですが)、記事を通してあなたの興味・関心や思考のスタイルを伝えることです。「よくある記事」ばかり書いていたのでは、到底達しえないことでしょう。

ただし、ニッチに全振りしてもいいのですが、それだと最初の読者と出会えるまでに時間がかかりすぎるでしょうから、「せめて一つくらいはニッチを持っておく」という指針ぐらいが妥当なバランスかもしれません。もちろん、「そんなもの知るか、俺は書きたいものを書くんじゃい」という開き直りができることもまた、ブログというメディアの魅力ではあります。

カテゴライズの必要性

もう一つのポイントが以下です。

カテゴリ分けとタグづけは入念に行う

これはブログ記事を5000以上書いてきた私も強く同意できることです。カテゴリやタグが整備されていないと、後々ブログを訪れた人にとって、非常に記事を探しにくい状態になってしまいます。まるで、地図のないバザールを歩き回るような感覚です(それはそれで楽しそうですが、楽しめる人は限られているでしょう)。

たとえば、自分が書いたエッセイが800個あるとして、すべて「エッセイ」というカテゴリーしか設定されていなければ、読み手は選択肢の多さに圧倒されてしまいます。せめて、何かしらのタグをつけておくことで、読み手が選択しやすくなる工夫は必要でしょう。

これは長く続けるブログだからこそ、強く意識しておきたいポイントです。

さいごに

正直なところ、私もブログについていろいろ書きたかったのですが、本書でだいたいのことが言い尽くされていました。著者のブログと私のブログは、フリー○とヤム○ャくらいの違いがありますが、基本的には似た道を歩いてきたということなのでしょう。あるいは、似たあこがれという北極星を目指して歩いてきたのかもしれません。

その在り方は、現在のブログの在り方からすると、ひどく古くさいものであるでしょうが、あらゆる古典が古くさいことを考えると、何か違った価値が染みだしてくることはありえそうです。


▼参考文献:

「ブログ論」というわけではありませんが、私がブログを書き続けて考えたことをまとめたエッセイです。


▼編集後記:
倉下忠憲



初稿という頂きに辿り着きそうな、でもまだもう少しかかりそうな、そんな時節です。あともう少しです。


▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。メルマガ毎週月曜配信中