『脳が教える!1つの習慣』という本に以下のような話が載っています。
革新的な方法は、ときに驚きの結果をもたらす。劇的な手段であっという間に成果をあげ、うまく自分を変えた経験のある人も多いだろう。
たとえばある日突然、禁煙し、それから一度も吸っていないなど、革新的に自分を変えた経験談を得意気に話す人もいるだろう。
変化を起こす一つの方法として、私は革新に賞賛を送る……
ただし、それがうまくいったらの話だ。
なかなかにキビしいことが書かれていますが、「なるほど、その通りだ」と感じます。
では、「革新的な方法」を採らないとすれば、代わりに何をすれば良いのでしょうか?
同書には、
- 「くだらないと思えるほど小さな一歩」を見つけるべし
と書かれています。
「チョコレートは食べる、だが最初の一ロは捨てる」
「健康になる」というゴールを達成したいのであれば、
- 「もっと健康になるために、あなたにできる小さな一歩は何か?」
を自問をします。
その結果、
- 体重を落とす
- もっと運動する
などの「答え」を思いつくことができるでしょう。
でも、これではまだ「小さな一歩」にしては大きすぎます。
そこで、以下のように砕いていきます(本書に紹介されている例より)。
「もっと健康になるために、あなたにできる小さな一歩は何か?」
「チョコレートを食べない」
↓
もう一声!
↓
「チョコレートを食べる量を減らす」
↓
もう一声!
↓
「チョコレートは食べる、だが最初の一ロは捨てる」
・・・という具合です。
#口に入れておいて吐き出すという斬新さに驚かされますが…。
別の例として、「机の上の整理」というゴールについては、
- 一日の終わりに二分だけ、書類のファイリングをする
- 書類を一枚だけファイルする
- 整理が上手な人にヒントを一つ訊く
などの「小さな一歩」が紹介されていました。
「こんなことをしても意味がないのではないか?」
文字どおり「小さな一歩」なのですが、単に「小さな」だけでは足りず、「くだらないと思えるほど」小さな一歩がカギです。
ただ、この「くだらないと思える」という部分については、実際に考えようとすると、けっこう難しいものです。
普通に「小さな一歩」を考えようとすると、おのずと「これなら成果が上がりそうだ」という「妥当な」小さな一歩が思い浮かんでしまうからです。
コツとしては、「こんなことをしても意味がないのではないか?」と思えることを最初の一歩にすることです。
例えば、僕自身が「ランニング」を習慣にしようと考えたとき、最初の「小さな一歩」は、これでした。
- ランニングウェアに着替えて玄関まで行く
一見、意味がなさそうに思えます。でも、少なくとも「ウェアに着替える」という、ランニングへの第一歩は踏み出せています。
さらに、「玄関まで行く」は、通常であれば家を出るためのアクションですので、気持ちはおのずと外に向かいます。
かくして、これを繰り返しているうちに、抵抗なく外に出られるようになります。
あとは、「15分歩く」、「30分歩く」、「ときどき走ってみる」といった具合に、段階的に「ランニング」に近づけていきます。
その後、6年たった今では「60分ずっと走り続ける」ことまで、できるようになりました。
苦しくなるたびに安易な道を選んでいないか?
習慣つながりでもう一冊。以下は『最高の人生を手に入れる習慣』からの引用です。
苦しくなったときにこれらの言葉を心の中で呪文のように唱えています。
粘り強さの報酬は、勝利までの苦しみをはるかに上回る。
粘り強さにまさる資質はない。
粘り強さは才能より重要で、知性より有効で、戦略より強力である。
粘り強さは無類の力を秘めている。なぜなら、粘り強さを発揮すれば、いつかかならず成功が手に入るからだ。
粘り強さとは、なんとしてでも成功するという強い意志のあらわれである。
苦しくなるたびに安易な道を選んでいないか。
これを実践した人物の一人として、イギリスの発明家ジェームズ・ダイソンの事例(サイクロン式掃除機)が紹介されています。
人々はすぐに欲求を充足しようとし、手っ取り早く成功することを願う。しかし、ダイソンの考え方はそれと正反対で、「一夜にして成功する」という幻想を捨てて、辛抱強く成功にたどり着くことをめざしている。
ダイソンの成功の秘訣は、自身を失わずに失敗から学んだことだ。失敗の連続のあとに成功が待っているという期待を胸に秘めて努力を積み重ねよう。
当たり前のことのように聞こえるかもしれませんが、「大当たり」の前にはこれが欠かせません。