今、けっこう「やめる」がホットです。
それも決して私のなかだけでホットだというわけではありません。
最近、こういう本が出て、話題になりました。
0ベース思考—どんな難問もシンプルに解決できる | |
スティーヴン・レヴィット スティーヴン・ダブナー 櫻井祐子
ダイヤモンド社 2015-02-14 |
この本の著者はなんといっても文章がよどみなく、ついその気にさせられるという流れになっていますが、そういう文章力で訴えていることは意外とふつうのことです。
たとえば次の一節は「機会費用」について語っていますが、機会費用なんて今さら、と思う人も多いでしょう。
やめることをためらわせる3つめの力は、目に見えるコストにとらわれて、「機会費用」(逸失利益)のことにまで頭が回らないという性向だ。
機会費用というのは、何かに1ドルやら1時間やら1個の脳細胞やらを費やすたびに、同じ資源をほかに費やす機会を放棄しているという考え方だ。
具体的なコストは簡単に計算できることが多いけれど、機会費用はそうはいかない。
大学に戻ってMBAをとるには、2年間と8万ドルがかかることはわかる——でも学校に行かなかったら、その時間とお金を使って何ができるだろう?
でも、実際にはこういうふうに、冷静にきちんと考えずに物事を進めがちですし、進めてしまえばますますやめにくくなるという、何とも不合理な泥沼にはまりがちなものです。
「やめる」というのは、できるようになれば大きな力となるのですが、どうしても世の中、出版界もそうですが「やる!」に力点を置きすぎます。
私たちが、よく考えれば不合理な考え方を、極めて自然な心情で「正当化」しがちなことを、また別の本が指摘しています。
また戦死者が出る可能性があり、すでに亡くなった兵士の死をそれで正当化できるはずがないが、多くの人はすでに投入したものを考えて、この状況では続けるのが正しいと考えた。「それ以上損を重ねるな」という戒めは、こうした心理には通用しない。
賢いやめ方 人生の転機を乗り切る「目標離脱」の方法 アラン・バーンスタイン ペグ・ストリープ 矢沢聖子 CCCメディアハウス 2015-03-19
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この例では、戦争があげられています。
もちろん、こういう理由で、戦争を継続することが「絶対に必要だ」という人は、いつの時代もいましたし、これからの時代もずっといます。
しかし、こういう言葉は、ことが戦争でなくても、どこにでもあるものです。
私もしょっちゅう言われました。
「博士課程まで進んでおいて、博士号もとらずに帰国するなんて、」と。
それは帰国後も、年輩の人から私より若い人にまで、繰り返し言われました。
蛇足になりますが私はそういうアドバイスを全体としては、わりと容易にはねつけることができたのですが、それは私の大学時代の恩師に(博士号ももっていれば大学の現役の教官だったわけですが)「すでに仕事も持っているのに、なんだって博士号なんか、欲しがるんだ?」とバッサリ切り捨てられた経緯があったからです。
話を戻しますが、とはいえ私たちは、すでに犠牲にしてしまったリソース(お金、時間、努力)のために「やめられない」ということが多々あるうえに、もっと違う理由にも引きずられます。
『賢いやめ方』の中でも、次の一節はまさしく真理を述べているのです。
手に入らないものは──恋人でも夢のマイホームでも理想的な仕事でも──手に入らないからこそ価値あるものに思えてくる。
これはまた、どうって事のない理由のように思えるでしょう。頭のいい人だと「そんな理由だったらやめられる」と直感的に思いかねません。
でも私は、これこそ、頭の善し悪しとあまり関係なく、「戦力の逐次投入」をやり出した人がとらわれてしまう、最大の理由だと思います。
子供のころから、のどから手が出るほどおもちゃが欲しくなるのは、ショーウィンドウの向こう側にあったせいで、買うことができて家に持ち帰ったら、そこまで欲しかった理由がわからなくなったものです。
この心理を巧みに突くことができる人がやってこそ、商売は儲かるのです。
断続的に時間やお金や努力を投入していることをやめるのは、たしかにつらいものです。
でもそれができれば、大きな見返りが得られます。やめるために自省すべき必須のことは、まとめるなら次の3点。
やめれば、代わりに手に入るものを犠牲にしていると自覚すること。
サンクコストを冷静に見極めること。
そして、手に入ってないからといってあがめ奉らないことです。
0ベース思考—どんな難問もシンプルに解決できる | |
スティーヴン・レヴィット スティーヴン・ダブナー 櫻井祐子
ダイヤモンド社 2015-02-14 |
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第2回のテーマは「集中を生み出す時間管理」です。
(なお、こちらのセミナーは「心理ハック」というテーマで一貫させてはおりますが、シリーズものではありませんので、第2回に参加いただくにあたって、第1回参加は必須ではありません)
時間管理というのは、誰もが「望むところ」ではあるものの、ビジネス書のなかでは必ずしも「うけ」がよくないという、不思議な不変のテーマです。
1つには「時間を作っても、それを何に使うの?」という、時間貧乏の筆者にはうらやましい疑問がたえず発されるせいかもしれません。
あるいは「時間管理なんかうまくいきっこない」というほとんど絶望的なあきらめの念があるのかも知れません。
私は「時間管理」が可能だという「セクト」にくみする人間ですが、「時間管理」によって成し遂げるべきことは「集中」です。
集中するために時間管理するのです。
時間管理とは、集中する時間を少しでも多くもてるようになるための、方法論です。
繰り返しになりますが私は、時間管理は可能であり、可能にする方法がある、という考えをずっと抱いてきています。
そういう方法に興味ある方に、ご参加いただけると幸いです。